4.研究内容  

   6.古海洋環境

  1. サンプリングと分析の概略
  2. 海氷Proxyの開発(セジメントトラップで得られたIRDフラックス)
  3. 過去10万年間の海氷分布の変遷とその規定要因(IRDフラックスの時空間分布)
  4. 過去4万年間における植物プランクトンの生産力・種構成の遷移(微化石及び生物起源粒子フラックスの変遷)
  5. 今後期待される効果

 

[ホームへ戻る]


 

 オホーツク海氷面積の経年変化メカニズムを理解することは、地球の気候システムの将来予測に、非常に重要である。海氷分布の経年変動という、データの蓄積しにくい観測対象を研究する上で有効な手段の1つは、古海洋環境、特に、過去の海氷分布の歴史的変遷の解析がある。一般に、海氷は融解すると、後に残る固形物はほとんど何も無いので、堆積物コアに保存されるようなProxy Dataを形成しにくいが、海氷が沿岸域から外洋に運ぶ砂や礫(IRD : Ice Rafted Debris)は、通常の海水循環の力では運び得ないものであるため、海氷や氷山の流出に関する、数少ないProxy Dataとして使われている。本研究では、オホーツク海から多数の堆積物コアを採取し、IRDを始めとするたくさんの海洋環境復元のためのProxiesを測定することで、海氷分布の変遷を始めとする、様々な物理的・化学的・生物的環境の変遷を復元した。

 オホーツク海に隣接する北部北太平洋では、ほとんどの海域で水深が極めて深いため、年代決定の可能な有孔虫の炭酸カルシウム殻が堆積しておらず、古海洋研究が不可能な場合が多い。一方、オホーツク海は、千島列島の深い海峡部を通して、北部北太平洋と深層水の交換が生じることから、その栄養塩、特にケイ酸塩に富む水塊の特徴は、北部北太平洋と極めて良く一致している。今回採取した堆積物コアの多くは、Deryugin Basin周辺の水深1500m以浅の地点から得られたものであるが、本研究で明らかとなるオホーツク海の環境変遷は、それ故、より広い北部北太平洋海域の環境変動、特に栄養塩等に依存する植物プランクトンの種組成・生産量等の変遷を議論する上でも、貴重なものになる。

 

 

1.サンプリングと分析の概略

 

 古環境解析に使用した堆積物コアは、1998年7月に、図4.6.1に示すオホーツク海中部の東西3点から、ピストンコアラーによって得られた。また、IRD等の沈降粒子の採取が行われたセジメントトラップの設置地点も示してある。ピストンコア試料は、帯磁率、色などの物理計測のあと、有機・無機化学分析、微化石群集解析、粒度分析、鉱物分析などの、様々な分析のために、1cmもしくは2cm刻みで細かく分割してサンプリングした。コアの堆積年代は、PC-1, PC-2コアについては、有孔虫の14C年代および酸素同位体比層序から計算し、炭酸カルシウムが堆積していなかったPC-4コアについては、帯磁率曲線をPC-2コアと詳細に対比することにより推定した。

 

[このページのトップへ]


 

2.海氷Proxyの開発(セジメントトラップで得られたIRDフラックス)

 

 4.6.2に、1998年8月〜2000年6月に採取されたM4サイトにおけるセジメントトラップ試料中に確認された、63μm以上の陸起源砕屑粒子の存在量変化を示す(尚、63μmという大きさは、一般に「砂」と「シルト」を分ける、1/16 mmというサイズに対応する)。試料の量が少なかったため、図4.6.2は、「砂」粒子の有無を顕微鏡下で直接観察した結果である。

砂粒子は、海氷の融解と相前後して、セジメントトラップに捕獲されているが、その他の時期には、1年を通じて一切認められない。同じ陸起源物質である細粒のClayフラックスは、M4の下層トラップで、上層よりも1桁大きな値を示したが、粗粒の砂粒子には、そうした下層での増大傾向は見られない。こうした事実は、堆積物表面に沈降していく63μm以上の大きさの砂粒子が、1)海氷の融解のみに起源を持ち、2)鉛直下方に直接輸送される(中層などを横方向に輸送されない)ものであることを、示唆している。それ故、本研究では、堆積物試料の中の生物起源粒子を化学処理で除去したあとの、陸起源粒子に含まれる63μm以上の大きさの砂粒子をIRDと定義し、その含有率の変遷から、過去のオホーツク海における海氷分布の復元を行った。IRDは、容易に想像できるように、海氷が沿岸から外洋に運ばれ、その場で融解しなければ、堆積物に向けて落下して行かない。つまり、季節海氷の生成・運搬・融解量の増大によって、そのフラックスが増大し、多年性の海氷が形成されると、むしろフラックスは少なくなるものと考えられる。

                                                                                                                                           


 

3.過去10万年間の海氷分布の変遷とその規定要因(IRDフラックスの時空間分布)

 

 4.6.3に、PC-1、PC-2、PC-4の東西3点のピストンコアから得られたIRD(vol.%)の過去約10万年間における経年変化を上から順番に示す(右側)。同時にそれから復元したオホーツク海における海氷分布の空間的変動パターンの模式図(左側)を示す。

図の右上のOIS 2, 4の黒い棒は、氷期(同位体ステージ2と4)に対応している。オホーツク海の中・西部においては、IRDは氷期に高く、間氷期に低いという予想通りの特徴を示した。カムチャッカ半島に近いPC-1コアでは、約4万年前から現在にかけて、PC-2, 4コアには見られない特異的なIRD含有量の増大が見られたが、その粒子の鉱物分析の結果から、PC-1コアに見られる特異的IRDピークは、カムチャッカ半島の火山岩に起源を持つことが判明した。つまり、PC-1コアには、海氷の盛衰以外に、カムチャッカ半島の氷河に由来する氷山の流入の影響が現れている。オホーツク海では、氷期・間氷期のサイクルに従って、海氷が西部から東部へと、大きく分布を拡大・縮小してきたことが分かるが、最終氷期最寒期の同位体ステージ2(過去2万年前後)を除いて、オホーツク海東部は、常に海氷が余り分布しない海域であったことも指摘できる。オホーツク海の西部と中部は、最近5千年間及び、約4万年前の小間氷期の一時期を除いて、過去約8万年の間、一貫して、現在よりも遥かに多くの海氷で覆われていた。氷河期におけるIRD含有量は、単に平均的に高かっただけでなく、数千年程度の短い時間スケールで大きく変動していたことも、大きな特徴である。こうした変動は、グリーンランドの氷床コア等で確認されている、北部北大西洋の周辺域で生じる氷河の巨大崩壊イベント(ハインリッヒ・イベント)に対応しているらしいこと(図4.6.4)が指摘でき、オホーツク海の海氷の盛衰が、グローバルな気候変動、特に北半球の大陸氷床の拡大・縮小に伴う気候の寒暖の変化に対応して生じてきたことが、明らかとなった。

                                                                                                                                           

[このページのトップへ]


 

4.過去4万年間における植物プランクトンの生産力・種構成の遷移

 (微化石および生物起源粒子フラックスの変遷)

 

 オホーツク海は、北部北太平洋、ベーリング海などと共に、現在は「シリカの海」であり、珪藻が大繁殖する特徴を共有している。オホーツク海における古生物生産の復元は、それ故、単にオホーツク海内部に留まらず、広く北部北太平洋全体での炭素循環を解析するために、大きなヒントを与えてくれる可能性がある。

 4.6.5に、PC−4, 2, 1コアの中の生物起源成分である、全有機炭素(TOC)、非晶質シリカ(Opal)、炭酸カルシウム(CaCO3)の過去4万年間にわたる堆積フラックスの変化を示す。ここで、OpalとCaCO3の経年変化は、それぞれ植物プランクトン化石である珪藻、円石藻のフラックスの歴史的変化(図4.6.6)に対応しており、それぞれの生物生産量を表すProxyであることが分かる。CaCO3のフラックスは、オホーツク海西部のPC-4コアでは、過去4万年間を通して一貫して低く、円石藻の化石もPC-4コアには全く含まれていなかった。しかし、同時に測定された円石藻のバイオマーカーであるアルケノン(図4.6.7)は、PC-4においても、融氷期に高い変動パターンを示している。このことは、PC-4地点でも、円石藻の生産は他の2地点と同様に生じていたが、円石藻を構成していたCaCO3の殻が、堆積後、この地点では溶解してしまっていたことを意味している。原因としては、PC-4地点の堆積速度が他地点と比べて速いため、有機物分解起源のCO2などの酸性物質が、堆積物の間隙から底層水へと拡散排出されにくく、共存するCaCO3粒子を溶解させてしまったこと等が考えられる。

 オホーツク海の植物プランクトン生産量・群集組成の歴史的変遷には、以下のような特徴が見て取れる。1)TOCで代表される生物生産量は、オホーツク海全体で、氷河期(最寒期は、21,000年前)に低く、融氷期(18,000年前〜10,000年前頃)〜間氷期(完新世 : 過去1万年間)に高い、2)Opalで代表される珪藻の生産量は、氷河期〜融氷期を通じて低く、完新世中期の約6,000 年前以降になってから急速に増大する。

3)CaCO3に代表される円石藻の生産量は、氷河期にはきわめて低いが、融氷期の約15,000年前頃から急速に増大し、完新世前期まで高い値を維持し、それ以降急速に減少する。空間的には、円石藻の生産量は、オホーツク海東部(PC-1地点)でより多く、また融氷期における生産量の増大も、東部海域でより早く起っているが、生産量が減少し始めるのは、オホーツク海西部(PC-4)で一番遅く、約3,000年前まで、西部海域では円石藻の生産が多かった。円石藻の生産には、同じ融氷期の中でも2つの大きな増大時期が認められる。これは、融氷期に2回に分けて起ったグローバルな氷床の融解イベント(Melt Water Pulse:MWP-1とMWP-2)に時期的に、ちょうど対応している。興味深いことに、各堆積物コア毎に、Opalの変動パターンと、CaCO3(もしくは、アルケノン)の変動パターンを重ね合わせてみると、TOCの変動パターンに極めてよく一致することが分かる。このことは、オホーツク海の過去4万年間において、珪藻と円石藻が、お互いに拮抗するレベルの一次生産を、交互に生み出してきたことを、示唆している。

 以上、まとめると、まず「氷期」には、珪藻の生産量は現在より少なく、一方、円石藻もほとんど存在しなかった。「融氷期〜完新世前期」には、円石藻の大繁殖が生じたが、珪藻は相変わらず現在より生産量が少なかった。「完新世中期以降」に、オホーツク海の植物プランクトンの種組成は、一変し、円石藻が衰退し、珪藻の生産量が非常に大きくなってくる。つまり、現在、当たり前のように見られている「珪藻の海」としての特徴が、オホーツク海にもたらされたのは、数千年前に過ぎず、それ以前の融氷期−氷期のオホーツク海は、生産量、種組成の両面において、現在と極めて異なる世界であったことが分かる。

 

[このページのトップへ]


 

5.今後期待される効果

 

 オホーツク海を含む北部北太平洋海域では、その水深が深いため、これまで古海洋学研究は、非常に少ない頻度でしか行われてこなかったが、今回、オホーツク海中部の東西3測点において、過去約10万年に及ぶ堆積物コアを採取し、その組成を、様々な手法(物理的・微化石学的・地球化学的・堆積学的・鉱物学的手法)を動員して解析した結果、詳細な年代スケールの入った、海氷、生物生産など海洋環境の変遷の情報が得られた。海氷の分布は、当初の予想通り、間氷期にはオホーツク海西部に偏っており、氷期には、東部に拡大している様子が明らかとなった。オホーツク海の海氷分布は、大局的にはグローバルな寒冷・温暖化に対応して増減しており、一方、氷期には河川水量は減少したと考えられることから、現在のオホーツク海における海氷形成の規定要因である「シベリア寒気団」と「アムール河川水」のうちでは、前者がより直接的に海氷の盛衰を支配していることが、理解できる。今後、より詳細な解析を続けることで、地球温暖化に対するオホーツク海氷の応答を、より正確に予測していくための有力な情報になると思われる。一方で、オホーツク海の生物生産は、当初の予想に反して、極めて劇的な生産量・種組成の変動を示した。特に、融氷期のオホーツク海は、現在と全く異なり、円石藻が繁茂する海域であり、アルカリポンプの駆動を介して、グローバルな炭素循環にも何らかの影響を与えたことが予想できる。これから地球温暖化などの影響で海洋環境が変化する際にも、こうした植物プランクトンの種組成の劇的な変動が起る可能性を示唆した点で、今回の結果は、極めて重大な意味をはらんでいる。

 

[このページのトップへ]


[目次へ戻る]

[ホームへ戻る]