4.研究内容  

    5.大気−海洋相互作用

  1. 観測の概要
  2. 気団変質
  3. 気団変質におけるリードの役割
  4. 数値実験
  5. まとめと今後の課題

 

[ホームへ戻る]


 

  この章では、寒冷海洋域における大気−海洋−海氷が互いにどのようなプロセスを介して相互作用しているかを、現場観測と数値実験の両面から議論する。特に、寒気吹き出し時の境界層の発達過程と海氷の有無、海氷の厚さおよび海氷内に存在する開水面(リード)が風下の開氷域での境界層の発達と熱フラックスにどのような影響を及ぼしているのかに注目する。

 

 

1.観測 の概要

 

 航空機観測にはロシアのCAO(Central Aerological Observatory)所有のIL-18(イリューシン18)(図4.5.1)を用いた。観測項目は、気温、湿度、風速、風向、乱流フラックス、短波放射(上向き、下向き)、長波放射(上向き、下向き)、雲水量、雲粒粒径分布、降水粒子粒径分布、エアロゾル粒径分布、可視及び赤外線カメラによる海面撮影である。

飛行条件は有視界飛行とし、飛行可能気象状態としては、樺太の東海上に北西の寒気吹き出しが生じ、かつ筋雲が存在している場合とした。サハリンの南部であるユジノ・サハリンスクを起点とし, 北西の季節風と平行な方向へ3高度観測した。図4.5.2は、航空機観測が行われる直前(2000年1月26日)の観測領域周辺の「ひまわり」の可視画像(左)と、3回の航空機観測(2000年2月9,14,18日)の飛行経路(右)を示したものである。

 

[このページのトップへ]


 

2.気団変質

 

 4.5.3は、3回の観測で測定された顕熱、潜熱、気温、そして水蒸気の混合比の、高度・経度断面図を示したものである。予想通り、3回の観測とも風下に行くにつれて気温が次第に上昇し、かつ下層から早く上昇していることが分る。

一方、興味深いことに、2月9日のみが風下にいくにつれて水蒸気混合比が単調に増加する傾向を示し、2月14日と18日ともに観測領域の途中で混合比の一時的な増加が見られる。後の節で詳しく述べるが、この水蒸気量の多い領域は広い開氷域に対応している。潜熱と顕熱フラックスの値は、これも予想通り海氷上よりも海水面上の方が大きい。2月9日では海氷上と海水面上の潜熱(顕熱)フラックスの平均は、それぞれ+10W/m2(−10W/m2:マイナスであるので大気側が熱を奪われている)と+30W/m2(+50W/m2:プラスであるので暖められている)で、潜熱に比べて顕熱の変化が大きい。同様に、2月14日では海氷上と海水面上の潜熱(顕熱)フラックスは、それぞれ+10W/m2(−10〜+10W/m2)と+30W/m2(+60W/m2)で、9日に比べて海水面上での顕熱フラックスが大きい。その割には9日に比べて気温の上昇が小さい。

その理由は、熱フラックスの鉛直分布を見て分るように、14日の方が上空まで熱が輸送されており、海面から供給された熱が暖める空気塊の体積が9日よりも14日の方が大きいためである。

 2月18日では海氷上と海水面上の潜熱(顕熱)フラックスは、それぞれ+10W/m2(−10〜+10W/m2)と+40W/m2(+40W/m2)であるが、14日と同様に、部分的には+100W/m2以上の領域が見られる。

以上は鉛直分布の特徴であるが、2月14日は往復とも同じ高度(300m)であったので、その間の測定値を用いて潜熱・顕熱フラックスの水平分布を作成した(図4.5.4)。この図から明らかなように、大気は海氷面から値は小さいが顕熱・潜熱をすでに受け取っている。注目すべきことは、海氷域から海水面域の境目(いわゆるマージナルアイスゾーン:MIZ)で潜熱・顕熱共に急激に増加していることである。MIZの幅は約50km程度である。

 以上から、3ケースとも気団変質は海氷上で既に始まっており、顕熱・潜熱ともその値は10W/m2程度であるが、海氷面積が広い場合には決して無視できない大きさであることが分る。これに、MIZでの急激なフラックスの増加を考慮すると、海氷を含む海洋圏での気団変質を定量的に見積もるためには、海氷及びMIZに無数に存在するリードでの熱交換過程を陽に扱う必要があり、海氷面積・海氷密接度の詳細なデータが必要である。

                                                                                                                                           

[このページのトップへ]


 

3.気団変質におけるリードの役割

 

 分解能の高い衛星画像を良く見ると、海氷上で既に雲が発生している場合が頻繁に観測されている。このことは、風上の海氷域で乱流熱フラックスが既にある程度供給されていることを示しており、前章での観測事実とも整合する。ただここで指摘しておくべき重要なことは、リードにおける大気の加熱によって確かに大気は加熱されるが、その一方、風下の海水面域での大気海洋間の温度差を減少させる効果があり、その結果、大気の加熱(海面の冷却)を減少させる。言い換えれば、リードの存在は、海氷域での結氷を促進すると同時に、風下の海面結氷を減速させる可能性もある。これまで、海氷域内に存在するリードを介しての大気−海洋相互作用の重要性は多くの研究者によって指摘されており(例えば、Andreas et al., 1979, 1980)、詳細乱流モデルによる再現実験も行われている(例えば、Glendening, 1992)。特にGlendening (1995)は、個々には細いリードの積分効果の重要性も指摘している。そこで、本研究では、海氷分布を衛星画像以上の高分解能で観測・解析するために、航空機底面に下向に取りつけた可視ビデオカメラから得られた海氷画像を用いて、水平分解能100mの海氷密接度を求めた。

 そこで、海氷域内に存在する小さなスケールのリードが大気に及ぼす熱力学的効果を、オホーツク海南西部で行われた2000年2月14日の事例を用いて評価する。図4.5.5に、航空機観測を行った時間のNOAAの可視画像赤外画像、及び航空機の飛行経路を示した。この事例を選んだ理由は、この観測領域は、観測例が少ないオホーツク海のなかでも船舶による現場観測によってある程度海氷の特徴が既知であり、さらに現業の高層ゾンデ地点も近くにあるため、航空機観測のデータ解析に適しているからである。

 飛行経路に沿った気団変質と海氷密接度を比較した4.5.6を見ると、明らかに密接度が低い場所で水蒸気の混合比が増加し、かつ気温上昇の水平勾配が大きくなっている。ただし、気温は風下にいくにつれて次第に上昇しているが、水蒸気混合比は、密接度が低い領域の上空で一時的に増加しているが、その直ぐ風下では再び水蒸気混合比が減少している。その理由は、供給された水蒸気は大気が低温であるため直ぐに昇華凝結を起こして雪結晶となり、その後地上に落下することが考えられる。同様な現象は、リードあるいは川の近くで気温が下がったときにダイヤモンドダストとしてしばしば観測されており、数値モデルでも再現されている(Girard and Blanchet, 2001a,b)。

 4.5.4で示したように、上流側の海氷上では顕熱フラックスが負であることから, 大気は海氷によって冷却されている。一方、 幅が数km以上の開水面では顕熱・潜熱フラックスはそれぞれ50W/m2を超え、大気は急激に加熱されている。言い換えれば、海面の急速な冷却・海氷生成が開水面で起きていることを示唆する。これまでの研究から、大気が開水面で十分に乱流熱フラックスを受け取るためには、開水面がある程度の幅を持つ必要があることが指摘されている。Glendening(1995)による風速と大気の安定度の関係式からこの臨界臨界幅を求めると4kmとなるが、観測ではこの閾値よりも十分に大きな開水面が一ヶ所存在し、ここで対流が強化され大気境界層が急激に発達したと考えられる。しかし、乱流熱フラックスの観測結果を見ると、風上の海氷上の小さなリードでも大量の熱が大気へ供給されていることから、上記の臨界値よりも小さなリードからの乱流熱フラックスも無視できないことが分る。そこで100mの水平分解能で求めたリードの幅を風上から風下へ順次積算し,この積算した開水幅と大気-海面間の温度差との関係を示したのが図4.5.7である。

この図から、開水面からの加熱によって大気と海面との温度差が風下方向に解消されていることが明瞭に分る。細いリードの積分効果を、観測データからこのように明瞭に示したのは今回が初めてである。さらにこの観測結果から、大気-海面間の温度差の水平分布が以下の3つの特徴的な領域に区分できることが明らかとなった。すなわち、リードの臨界幅を越える大きな開水面に達するまでの上流部で、温度差が直線的に急激に減少する領域(T)、温度差がほぼ一定値を保つ中流の領域(U)、温度差が緩やかに減少する下流の領域(V)である。この温度傾度の違いは、凝結を伴う対流による大気境界層の発達(厚さ)と密接な関係がある。すなわち、強い対流が起きる前では混合層が発達しきれないまま層内が加熱され、一方、混合層の発達後は暖めるべき気層の体積が増えるため、風上よりも加熱率が低くなることを表している。以上の結果は、 海氷生成にとって極めて重要な海面冷却には、 個々の開水面の幅だけではなく、積算された開水面積およびそれにともなって起こる気団変質による大気境界層の変化を考慮する必要があることを意味する。

 

                                                                                                                                           

[このページのトップへ]


 

4.数値実験

 

 海氷域に存在するリードが大気の加熱に及ぼす役割をより定量的に示すために、海氷密接度を陽に扱った2次元の雲解像モデルを用いて、気団変質およびそれに伴う雲の発達のシミュレーションを行った。計算はオクラホマ大学で開発された非静力学大気モデルARPS (Advanced Regional Prediction System) (Xue et al., 1995)を用いた。モデル領域は水平方向に400km、鉛直方向に8.6kmとり、格子間隔は水平方向が500m、鉛直方向には最下層で25m、上層で330mとストレッチさせた。領域は2月14日のIL-18の飛行経路を想定している。初期の温度場と湿度場はIL-18による鉛直方向の観測で得られた値を一様に与えたが、風速については10m/sで全層一様とした。下部境界のデータは、前節で述べた画像解析で得られた海氷密接度から、開水面あるいは氷面を判断して与えた。格子間隔は水平500mとしているが、実際はそれよりも小さいスケールで海氷と開水域とが共存している部分もある。その効果を計算に反映させるため、赤外線カメラによる観測で得られた500m平均の密接度ICと海氷面の温度TRを用いて、各グリッドに与える温度 Tsは以下の式で与えた。

                 Ts=(1-IC)×(-1.8) + IC×TR

なお、開水面の温度は-1.8度(結氷温度)と仮定し、潜熱フラックスは密接度が0%の場所は開水面、それ以外は100%氷で覆われているものとした。このため、潜熱フラックスは過小評価されることになる。

 数値実験の結果(12時間後)を図4.5.8に示す。上段は気温,中段は下層(高度175m)の気温,下段は前述の式で与えた下部境界の温度である。

気温は海氷に覆われた領域で緩やかに低下し、観測と同様リードが現れる145.3E付近で急激に上昇し始める。 146E付近から147.4Eまで混合層の厚さが増加しているが、この間は下層の気温が殆んど上昇していないことが分る。図4.5.9は、可視ビデオカメラの画像上で、飛行経路上に雲が存在した地点と降雪粒子が確認された地点、及び、最下層の空気の持ち上げ凝結高度を示したものである。降雪をもたらす雲は146E付近から現れているが、そこで凝結高度も急激に上昇していることがわかる。このことから、146E付近での雲の発達に伴って対流混合が活発になったことが示唆される。図4.5.10は、同じ数値実験の結果であるが、上段は高度175mでの熱フラックスで、赤線は正味の上向き熱フラックス、緑線は顕熱、青線は潜熱、水色の線は正味の放射熱フラックスの水平分布を、そして中段には雪水量(g/kg)と下段に海面温度の水平分布を示したものである。この図からも分るように、降雪をもたらす活発な雲は観測とほぼ同じ場所から現れており、そこから急激に対流混合が活発になっている。

すなわち海面付近で温められた空気が上に運ばれることで気温の上昇が抑えられていると言える。その後、気温は緩やかに上昇し、最終的に気温は2度程度上昇する4.5.8参照)。この数値実験は前出の観測結果(図4.5.6)を良く再現しているといえる。

興味深いのは、145Eから146.5EのMIZでは、リード上空で間欠的に大きなフラックスが見られ、大気と海面との温度差が大きいため、フラックスのピーク値は146.5E以降の海水面よりもむしろ大きいことである。更に、146.5Eより風下の開水面での上向き熱フラックスは海氷域の約4倍程度と大きいが、風下に向かって次第に減少している。これは大気と海洋間の温度差の減少に伴う顕熱フラックスの減少だけでなく、雲からの下向き赤外放射の増大(図では負の値が増大)に起因する。

 次に、海氷域に存在するリードが大気の加熱に及ぼす影響をより定量的に示すため、下部境界の条件を変えて3種類の実験(LEAD10,LEAD5, LEAD0)を行なった(図4.5.11)。LEAD10は上流の開氷域に10kmの開水面を加えた実験。LEAD5は、上流部の5kmの開水面を氷面に変えた実験。LEAD0は上流部の開水面を全て氷面に変えた実験である。CRは前出の実験結果である。それぞれの図の上段は雪の混合比(g/kg)、下段は下部境界の温度を示している。図4.5.11から明らかなように、開水面が風上に数多く存在する程雲がより風上で形成され雪が降る。先に述べたように、雲が形成されると、雲からの下向き赤外放射が増加する。また、図には示さないが、風下(149E)での上向き熱フラックスはコントロールラン(150W/m2)に比べ、風上の海氷域の開水面を加えたLEAD10は10W/m2小さく、逆に開水面を減らしたLEAD5は10W/m2大きくなり、海氷域の開水面をなくしたLEAD0に至っては30W/m2上向き熱フラックスが増加した。すなわち、風上に存在する小さな開氷域での大気の温度上昇によって氷縁域での顕熱と潜熱フラックスは減少し、さらに雲からの下向き長波放射により氷縁域の海水はより冷えにくくなると言える。この雲の効果は、顕熱と潜熱フラックスの風下方向の減少と合わせると、氷縁域での正味上向き熱フラックスの減少をもたらし、気団変質(あるいは海面の冷却)の負のフィードバックとなる。すなわち、海氷域の拡大期に、ポリニア及び無数の氷の割れ目での気団変質とその結果生じる雲システムは、風下の氷縁域での海氷生成とそれによる海氷領域の拡大を抑制することが示された。

 上では、海氷域に存在するリードの役割を、モデルを用いて議論した。一方、本来海氷は海洋と大気間の熱交換を遮断する役割をもつが、その効果は海氷の厚さに依存する(例えば、Maykut, 1978)。

海氷が薄いと、海氷の上でも緩やかではあるが気団変質が起こる。オホーツク海南西部で行われた2000年2月14日の観測領域は、極域に比べ氷厚が薄いオホーツク海の中でも比較的厚い氷が卓越するが、表面熱収支にとって海氷からの上向き乱流熱フラックスも重要であることがInoue et al. (2001)によって指摘されている。

そこで次に、海氷の厚さに関連して生じる海氷上での気団変質の大小が、MIZでの局所的な冷却(潜熱・顕熱フラックス)や雲の発達にどのような効果を与えるかを数値実験によって調べた。すなわち、上記のLEAD0のケースと同様に、風上100kmの領域をすべて海氷で覆い、それより風下側をすべて海面として数値実験を行なった。海氷面の温度は海氷が厚い場合 (Thick Ice)と薄い場合(Thin Ice)を想定してそれぞれ-18度、-6度とし、海面の温度は両者とも-1.8度としている。大気の温度は最下層が-18度で初期に200mの厚さの接地逆転層がある場合を想定している。

 4.5.12 に示した計算結果を見ると、海氷が薄い場合は、海上に出る前に気団変質が起こってしまうために大気との温度差が解消され、海洋上での顕熱フラックス(緑色の線)、潜熱フラックス(黄色)ともに小さくなっている。これは、海氷域で雲や降雪が生じていることからも分かる。これに対し、海氷が厚い場合は海洋上で急激に気団変質が起こる。一方、海氷が薄い場合には、海氷上で既に雲が発生しかつ降雪も生じているが、海氷が厚い場合には、氷縁から数10km風下で雲と降雪が発生している。また、興味深いのは雲底高度の変化である。海氷が薄い場合の計算結果で顕著であるが、雲は高度200m付近に発生し、風下にいくにつれて雲頂が上昇すると同時に雲底も下がりほぼ地表に達する。これは、CAOのパイロットからの目視観測結果と一致する。その後海上風下で対流が活発になると、今度は逆に雲底高度が上昇し、これも図4.5.9に示した観測結果と一致する。雲底下で相対湿度が下がることによって、降雪粒子は雲底下で蒸発し下層の空気を冷却する。

 

[このページのトップへ]


 

5.まとめと今後の課題

 

 海氷を含むオホーツク海上で行った航空機観測から、まず強調したいことは、リードの積分効果である。たとえ、リードの幅が狭くとも、積分した長さが十分長ければそこから供給される潜熱・顕熱フラックスは海氷上の気団を変質させていること、及びその効果は風上ほど大きいことを観測から初めて実証することができた。

 海洋が大気によって奪われる熱については、以下のようにまとめることができる。大気が海氷及び海面から受け取る潜熱フラックスは海氷上では+10W/m2、海洋上では+30〜40W/m2であった。顕熱フラックスは海氷上では−10(風上域)〜+10(風下域)Wm-2、海洋上では+40〜60W/m2程度であった。すなわち、海氷上と海洋上の乱流熱フラックスはそれぞれ、0〜20W/m2及び70〜100W/m2程度であった。ただし、MIZや海洋上では、潜熱及び顕熱フラックス共に、部分的には+100W/m2以上の領域が見られる。もちろんこれらの絶対値は気象・海象条件によって大きく変化するが、重要な点は、大気は海氷面から値は小さいが顕熱・潜熱をすでに受け取っていることと、海氷域から海水面域の境目(MIZ)で潜熱・顕熱共に急激に増加していることである。

 以上の観測結果と数値実験結果を模式的にまとめたものが4.5.13である。

1)海氷が薄くかつ(又は)ポリニアやリードが存在する時期(あるいは領域)(4.5.13上)。

 この場合には、風上の海氷及び開氷域から供給される潜熱と顕熱によって気団変質が進み、海氷上で雲が発生し雪も降る。海氷域は大気に大量に熱を奪われることと、海氷上の降積雪によって、海面の上下で海氷の成長が進む(Crocker and Wadhams, 1989)。海氷上の降雪量は少ないが、海氷が薄い場合にはたとえ数cmでも断熱効果があると言われている(Maykut, 1978)。一方、降雪が海氷表面のアルベードを高めて海氷表面の冷却を促進する効果も大きいであろう(図4.5.7の【領域T】に対応)。氷縁部から風下50km程度の範囲(【領域U】に対応)では、海面からの熱供給が大きいが、対流も発達するため混合層内の気温はほとんど上昇しない。すなわち、大気−海洋間の気温差が維持されるため、海面から供給される熱フラックスもほとんど変化しない。また、降雪粒子が雲底下で蒸発することにより混合層内の空気を冷却する効果も、この領域での気温の上昇の抑制において無視できない。ただし、【領域T】ですでに気団変質が進んで雲も発生しているため、次に述べる厚い海氷時期(領域)の氷縁部に比べて相対的に海洋が奪われる熱が小さい。すなわち、この時期(領域)の海氷の成長(したがってブラインの生成)は主に風上側で起こり、氷縁部での成長は相対的に少ない。【領域U】から更に風下側では、気団変質と雲底からの下向き赤外放射によって大気が暖められるため、海洋と大気の温度差が小さくなるため海洋から供給される熱フラックスも減少する。すなわち、海洋が奪われる熱が減少して、海洋表面の温度低下は少なくなる。但し、降雪の形で淡水が供給されることと、降雪が海面で融けることで海水から熱を奪うため、海洋表面は次第に凍りやすい状態になると同時に、これも大気海洋間の温度差を減らす役割を果たしている。

2)海氷が厚くかつ(又は)ポリニアやリードがほとんど存在しない時期(あるいは領域)(4.5.13下)。

 この場合には、海氷上では気温は低いままか逆に海氷で冷やされるため、氷縁部での大気と海洋間の温度差が極めて大きくなり、海面から大きな熱フラックスが供給される。従って、この場合の海氷とブラインの生成は主に氷縁域で行われる。また、海洋上ではすぐに対流が発生して混合層が厚くなるため、気温の上昇率(従って大気−海面間の温度差の低減率)は1)が緩く、領域【T】と【U】の境界が1)に比べて不明瞭である。その結果、海面からは1)に比べて大きな熱量の供給が長い距離行われ、海氷の風下の広い範囲で海面冷却が進行する。一方、1)の場合とは異なって風上での海氷の成長に降雪は寄与しないが、【領域V】降雪の融解による風下での淡水供給と海面冷却の効果は1)と同様である。

 本研究では、航空機観測を行った事例に対応して、寒気吹き出し時における大気−海洋−海氷相互作用について考察を行ってきた。しかし、実際にはオホーツク海で発生する重要な気象現象に、ポーラーローと呼ばれるメススケールの低気圧や爆弾低気圧があり、これらからオホーツク海にもたらされる降雪が海氷の成長や海面冷却に果たす効果も大きい。しかし、これらの現象の発達要因やメカニズムは、現場での観測データが不足しているため未解明であり、今後の研究課題である。

 

 

[このページのトップへ]


[目次へ戻る]

[ホームへ戻る]