4.研究内容  

    4.物質循環システム

  1. 観測概要
  2. 観測結果
  3. 今後期待される効果

 

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 陸地と外洋の境界に位置する大陸棚では、河川水の流入、沿岸湧昇、潮汐混合などによりもたらされる各種栄養塩が、生物生産を増大させ、大量の有機物が生産されている。炭素を始めとする生元素のグローバルな循環を考えるためには、この大陸棚における物質循環の理解が不可欠であり、その中でも特に、「大陸棚で生産された有機物の行方」を解明するために、近年、世界中でさまざまな観測プロジェクトが行われてきた。しかし、そうした観測プロジェクト(例えば、北米大西洋岸におけるSEEP-I, IIプロジェクト)の主要な結論は、「大陸棚で生産された有機物の大部分は、外洋深層へ流出・沈降する前に大陸棚上で分解するので、Totalで見ると大陸棚は炭素のシンクになっていない」というものであった。観測プロジェクトの多くは温帯域で実施されたものであり、大陸棚と外洋の物質交換を妨げる要因として、熱塩フロント等の水塊の物理構造の存在が挙げられてきたが、海水交換と言う観点で見た場合、高緯度海域の大陸棚には海氷形成に起因した全く別個の特徴がある。オホーツク海では、冬季の海氷形成時に排出されるブライン水が北西部大陸棚底層に高密度水塊(Dense Shelf Water: DSW)を形成し、それが外洋中層へと流出するメカニズムがあり、北西部大陸棚上に蓄積した物質は、このDSWの流出に伴って効率的に外洋へ輸送されている可能性がある。また、当北西部大陸棚域には、極東ユーラシア最大の河川であるアムール川が流入しており、生物生産をはじめとする物質循環過程に大きな影響を及ぼしている可能性もある。オホーツク海の大陸棚の物質循環における、このような潜在的特徴を明らかにするために、オホーツク海西部海域にて、CTD/RMS観測・セジメントトラップ係留観測を行い、海水・沈降粒子試料を採取・分析して、物質循環の解析を行った。

 

 

1.観測概要

 

 CTD/RMS観測は、1998年から2000年の間に、ブッソル海峡部、オホーツク海中・南部、サハリン東岸沖、北西部大陸棚等の広域において、3回に亘って実施し、有機物の循環の解析にとって重要な溶存態有機炭素(DOC)、懸濁態有機炭素(POC)の試料採取と分析は、2000年6月に図4.4.1の太線で示す測線で行なった。また、時間分割式セジメントトラップを、図4.1.1で示したサハリン北・中部の東方沖M4, M6地点にて、1998年8月から2000年の6月にかけて、各地点とも上下2層(M4:300 m & 1550 m;海底1756 m、M6 : 300 m & 700 m;海底804 m)に設置した。各セジメントトラップによって、同期間に計42個の時系列の沈降粒子試料が採取され、様々な有機・無機化学分析、粒度・微化石・鉱物分析等に供された。

 

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2.観測結果

 

1)潮汐&ブラインポンプの発見

 4.4.2に、1999年9月にサハリン東岸沖及び北西部大陸棚域において観測された濁度の鉛直プロファイルを示す。サハリン北東沖の大陸斜面上のXP98-78では、中層の200-500m付近に、懸濁粒子含有量が1mg/lを越える巨大な高濁度層が見つかった。この濁度は、一般的な大陸斜面の中層に見られる平均的な濁度よりも、10−100倍高い値である。この高濁度層は、同時に−1℃以下の極低温水の特徴を持っており、大陸棚のDSWに起源があることが示唆された。同様の高濁度・極低温水層は、実際に北西部大陸棚の底層・数10mにも発見され、それらが共に、密度26.8~27.0σθのオホーツク中層の特徴を持つことから、大陸棚の底層に形成される海氷ブライン起源のDSWの中層への流出によって、サハリン東岸沖に高濁度層が生じていることが、明らかとなった。この中層の高濁度層は、サハリン東岸に沿って、南方へ広がっている。

このことは、図4.4.3に示したように、M4に係留したセジメントトラップと水温計の連続データから、低温水の通過に対応してclayフラックスが増大している観測事実からも明らかである。高濁度水は、南へ行くに従って濁度が低下し、水温が上昇することから、DSWの外洋中層への流出後、オホーツク中層水との水塊混合で粒子が拡散していっていることが理解される。

 大陸棚上の高濁度底層水は、同時に、鉛直方向に極めて均質な水温構造をもっている。こうした特徴は、一般に大きな潮汐作用で生じることが知られているが、この大陸棚上での水塊の潮汐混合は、同時に海底に堆積した粒子の激しい再懸濁を引き起こし、大陸棚底層の濁度を著しく高める役割を果たしていると考えられる。つまり、オホーツク海中層への大量の懸濁粒子の流出には、第一に、大陸棚での激しい潮汐混合、第二に、潮汐混合で巻き上がった粒子を外洋中層に搬出する高密度水の存在が、それぞれ大きな役割を果たしており、全体として、"Tidal & Brine Pump"とも言うべき、高緯度の大陸棚独自のメカニズムが存在していることが指摘できる(図4.4.4)。

2)大陸棚から外洋中層への有機炭素フラックスの見積り(DOC、POCの分布)

 濁度、Clayの分布から、大量の懸濁粒子を大陸棚から外洋中層へ効率的に輸送するメカニズムの存在が示されたが、このメカニズムによって、堆積粒子以外の比較的新鮮な有機炭素が、どの程度、外洋に運び出されているのであろうか。図4.4.5に、サハリン東岸沖の測線で、2000年の6月に得られたDOC、POC、POCのσ13C値、Chl.a濃度、および濁度の断面分布図を、水温、ポテンシャル密度と共に示す。

 大陸棚の観測点の底層には、水温0℃以下のいわゆるDSWが存在しているが、同時に大陸斜面の水深400m付近にも水温1℃以下の低温層の貫入が認められ、この水塊がDSWの斜面に沿った潜り込みによって形成されたことが示唆される。大陸斜面中層の低温水塊は、1999年9月に観測された中層の極低温水層と同様に高濁度であったが、この水塊は、同時に周囲の水塊と比べて、際立って高いDOC、POCの濃度を示した。このことは、DSWが堆積粒子のみならず、多量の有機炭素を大陸棚から外洋中層に流出させていることを意味している。更に、この中層高濁度層には、周囲よりも有意に高いChl.aが含まれており、DSWの流出によって極めて新鮮な有機物が外洋中層へ運搬されていることが、明らかである。同時に測定されたPOCのσ13C値は、大陸棚底層と大陸斜面中層の両水塊において、非常に良い一致を示し、中層高濁度層のPOCが正に大陸棚の底層に起源を持つことが、証明された。

 このようなDSWの外洋中層への流出によって、どのくらいの量の有機炭素が、大陸棚から運び出されているのであろうか。図4.4.6は、水深100m以深の大陸棚外縁から大陸斜面・外洋の観測で得られた、ポテンシャル密度26.7~27.0σθの等密度面内における水温とDOC、水温とPOCの関係を示している。水温とDOC、水温とPOCの間には、きれいな逆相関関係が見られ、DSWが流出し、外洋の中層水と拡散・混合するに従って、DOC、POCの濃度が、薄められていく様子が見て取れる。大陸棚外縁からDSWが流出するときの水温を−1.5℃とすると、流出時のDOC・POC濃度は、それぞれ、72.8μM、4.8μMと計算され、仮に1年間のDSWの流出フラックスを0.5Svとすると(Ito, 2000)、大陸棚底層から外洋中層への、DOC、POCの流出のフラックスは、それぞれ13.6 TgC/yr、0.9 TgC/yrと計算される。この合計は、衛星観測による海色観測から推定されるオホーツク海の北西部大陸棚における年間の総一次生産量(高橋ら、2000)の12.4%に相当する。この見積量は、あくまでも、大陸棚から「外洋中層」への流出フラックスのみであるので、「外洋表層」への流出フラックスを含めると、オホーツク海が、大陸棚で生産された多量の有機炭素を極めて効率的に外洋、特にその中層に運搬する海である、ということが結論付けられる。

3)植物プランクトンブルーム

 オホーツク海西部は、毎冬、必ず海氷が海面を覆い、植物プランクトンによる一次生産を制限している海域である。海氷域では、春の融氷前後に、海氷下面や海氷融解水の中で大量に繁殖するアイスアルジーが、生物生産を大きく支配していると考えられてきた。従って、春になると、海氷が南から北へと順序良く後退して行くので、アイスアルジ−による一次生産も、南から北へと連続的に広がっていくことが予想された。一般の高緯度海域でも、太陽高度の上昇に伴う季節温度躍層の発達は、低緯度から高緯度へと順番に生じ、植物プランクトンブルームの前線が、次第に移動していく。本プロジェクトで行われたセジメントトラップ観測では、しかし、以下のような思わぬ観測結果が得られた。

 亜表層におけるTOCの沈降フラックスは、表層水における新生産量に対応しているので、その変動は植物プランクトンブルームなどの表層の生物生産量のモニターとなる。図4.4.7から明らかなように、1999年春には、植物プランクトンブルームは、海氷が後退してから1ヶ月以上遅れて、まず北方のM4地点で始まり、更に1ヶ月遅れて南側のM6地点で起った。2000年春には、ブルームは、海氷が後退すると、しばらくしてM4地点ではじまり、少し遅れてM6地点で本格的に始まった。

 つまり、春のブルーム前線は、海氷融解の後を追いかけて北上するのではなく、海氷の北上後、北から始まり、その後南下すること、つまり、ブルームが始まるタイミングは、現場海域での海氷の融解だけに規定されている訳ではないことが明らかとなった。

 こうした植物プランクトン生産の時空間分布は、何によって決まっているのであろうか? 4.4.8は、M4, M6両地点の位置するサハリン北・中部沖の53oN, 49.5oNの観測線上で、2000年6月14-15日および6月16-17日に、それぞれ観測された表層部0−100mの水温、塩分、硝酸塩の鉛直分布である。南北間の比較のために、データは大陸斜面の水深100-1000mの地点で得られたもののみ表示している。サハリン中部沖よりもむしろ北部沖で、表層水の水温が高く、硝酸塩濃度は低くなっている。これは、サハリンの北部沖へ行くほど、表層により強い塩分躍層が発達しているため、安定した密度成層が形成され、有光層上部で水温上昇が生じると共に、植物プランクトンが光を十分に浴びて、より効率的に栄養塩の消費が進んでいることを示している。こうしたオホーツク海の表層塩分の分布には、まず、北西部大陸棚域で大量に融解する海氷の存在やアムール河川水による淡水供給の影響があるものと思われる。それらの影響が、東サハリン海流に乗って、M4、M6の順番で南下していくと考えると、1999年のブルーム開始のタイミングをより正確に説明できるかも知れない。

4)アムール川からの陸起源有機物の流入とそのインパクト(表層水におけるDOC、POCの分布)

アムール川では、夏季モンスーンによって、夏に上流域で大量の雨が降るので、高緯度の河川には珍しく、秋季に流量が最大に達するという特徴を持つことが知られている(Ogi et al., 2001)。アムール川からの流入水が、植物の成長にとって必要な栄養塩や鉄などの微量元素を、多量に運び込んでいるとするならば、サハリン東部沖における秋季の高い生物生産力は、この河川水の供給によって、維持されている可能性がある。ここでは、アムール川の海洋生物生産に対する影響を考える上で重要となる、河川からの陸起源溶存有機物の供給について議論する。

図4.4.9に表面水の塩分とDOC、塩分とPOCの相関関係を示す。DOCには、塩分との間で極めて明瞭な負の直線関係が得られた。アムール川の河口域に近い塩分が20 psu以下の地点では、DOCの値は外洋表層の約4倍である400μMという極めて高い値をとった。一方、POCにも、塩分との間に負の相関関係は存在するが、塩分30 psuを超える外洋域では、逆にPOC濃度の増大が確認された。DOCと塩分の間でのこの明確な負の相関関係は、1)北西部大陸棚~サハリン東部沖の表面水には、淡水(おそらくアムール川)起源の大量のDOCが流入している、2)淡水(陸域)起源のDOCは、海洋ではほとんど分解・除去されず、保存的成分として振舞っている、3)海洋起源のDOCの濃度は、表面水では100μM以下であり、その変動幅は小さい(50μM以下)、と言うことを意味している。一方で、POCと塩分の関係は、当海域の表層に、河川水流入に起因するPOCが多量に分布するものの、それらは決して保存的性質を示さず、むしろ海洋内部で生成・分解を繰り返している可能性を、示唆する。実際、アムール川の河口域付近で得られた、表面水中の高濃度のPOCのσ13C値は、約−20‰という海洋生物起源の値を示し、河口域のPOCの直接の成因は、河川起源のPOCの流入というよりも、河川起源の栄養塩を用いた河口域での一次生産であると言うことができる(図4.4.10)。

 高緯度の河川水は、中・低緯度のそれと異なり、「栄養塩濃度は低いが、DOC濃度が高い」という特徴を持つ。今回の観測でも、河口に近い観測点の低塩分表面水には、既に栄養塩(硝酸塩、リン酸塩、アンモニウム塩)は、ケイ酸塩以外、ほとんど含まれておらず、水塊内に存在するPOC、PN(粒子状窒素)の全てが河川起源の栄養塩を使って生産されたものであったとしても、河川水中でのその濃度は、窒素にして最大10μM程度にしかならない(図4.4.10)。これは、中・低緯度域の河川水の栄養塩濃度よりも遥かに小さな値であり、高緯度河川水では一般的な値である。一方で、アムール川からの流出水に含まれるDOCの濃度は、図4.4.9aのy-切片から、約700μMという極めて高い値をとった。この値は、北極海に注ぐシベリアの大規模河川での値と、ほぼ同じである。700μMという大量の溶存有機炭素は、海洋に流入後、ほぼ保存成分として振舞うことから、それ自身は、微生物に摂取されたり、分解して栄養塩を再生したりすることは、短い時間スケールでは、ほとんど無いと考えられる。その理由は、こうした高緯度河川のDOCの大部分が、森林土壌などを起源とするフルボ酸などの腐植物質に占められていることによる。腐植物質は、不定形の高分子化合物で、生体を構成する生体高分子とは異なり、一般の生物には利用不可能な化合物である。それでは、高緯度海域における低栄養塩、高DOCの河川水の流入は、海洋の生物生産に何の役割も果たしていないのであろうか? 実際には、高濃度のDOCを構成している腐植物質は、その官能基の多さから、鉄などの溶解度の低い微量元素の配位子となって、その溶解度を高め、陸域から海洋に、鉄などを大量に運び込む働きをしている。近年、北部北太平洋などの高緯度海域では、夏季の生物生産の制限因子は、栄養塩ではなく、鉄などの微量金属であるということが明らかになってきた。つまり、アムール川から流出する大量のDOCには、必然的に鉄などの微量元素が大量に伴っており、それが河川水に過剰に含まれるケイ酸塩と合わさって、サハリン東部沖海域における、珪藻を中心とした秋季の生物生産を支えている可能性が指摘できるのである。

                                                                                                                                           

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3.今後期待される効果

 

 本研究では、アムール川から大量の溶存有機物が流出し、サハリン東岸に沿ってオホーツク海南部に広がっていく実態が明らかとなった。これらの陸起源溶存有機物は海水中で保存的振る舞いをすることから、難分解性のフルボ酸などの腐植物質からなると考えられ、有機リガンドとして、鉄などの生物生産に必須の微量元素を、多量に保持しているとされている。隣接する北部北太平洋やベーリング海の表層が、夏季にも硝酸塩などの残存する「HNLC海域」(HNLC=High Nutrient & Low Chlorophyll)であるのに対して、現在のオホーツク海は、非HNLC海域の特徴を示している。これらの事実、および、セジメントトラップによって明らかとなったTOCフラックスの時空間分布は、アムール川からの陸起源物質の供給が、オホーツク海の生物生産に極めて大きな役割を果たしていることを、強く示唆している。今後、オホーツク海を含む北太平洋の生物生産に対する、アムール川を始めとする河川からの物質供給が果たす役割の研究を、更に進めていく必要がある。

                                                                                                                                           

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