4.研究内容  

    3.北太平洋中層水(NPIW)起源水の生成とその北太平洋への流出量評価

  1. NIPW起源水の生成
  2. オホーツク海水の北太平洋流出量評価

 

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1.NIPW起源水の生成

 

 北太平洋とその周辺の縁辺海で26.8σθの密度面が海面に存在するのは、オホーツク海の北西域のみである[Kitani, 1973]。この密度面は北太平洋では数100m程度の中層に存在するので、オホーツク海は大気からの熱や酸素・二酸化炭素などの物質が北太平洋中層へ直接潜り込むことが出来る唯一の海域ということになる。したがって、地域的あるいは全球的な気候変動を考える際に、重要な海域である。Kitani [1973]は、オホーツク海北西域では、冬季の海氷の生成に伴うブラインの排出によって、最高で27.02σθに達する高密度陸棚水(Dense Shelf Water、以下ではDSW と略記) が生成していることを示した。また、Talley [1991] Yasuda [1997] は、DSW が北太平洋を起源とする高温・高塩水と混合することによって生成するオホーツク海中層水(Okhotsk Sea Intermediate Water, 以下OSIWと略記)は、北太平洋中層水の起源であることを指摘した。このような北太平洋中層水の生成過程への重要性のため、DSW については、その流量の見積もりが様々な手法を用いてなされて来た。Wong et al. [1998] は、1993 年のWOCE 航海で観測されたCFC の比を用いて、26.8-27.0σθの範囲のDSW 流量を0.6-8 Sv (1 Sv = 106 m3 s-1) と見積もっている。Martin et al. [1998] は、1990-1995 年におけるSSM/I データから計算した海氷生成量から、σθ> 26.9DSW流量を0.2-0.4Svと見積もっている。Gladyshev et al. [2000] は、1995-1997 年に北部の陸棚域で観測された水温・塩分のデータを用いて、26.6-26.9σθの範囲のDSW流量を1996 年は0.5Sv1997年は0.24Svと見積もっている。

 次に、現在使用可能なすべてのデータを用いて等密度面気候値データセットを作成したItoh et al.(2003)の研究結果を紹介する。彼らはそのデータセットに基づいて、26.75〜27.05σθにおけるDSW流量を0.67Svと評価した。4.3.1は、密度26.8σθの温度・塩分・溶存酸素・層の厚さ・深さを示している。ここで、26.75〜26.85σθの厚みを26.8σθの層の厚さと定義する。酸素の分布から、北西陸棚域と北海道沖に、7ml/l以上の高酸素域が見られる。それらの高酸素域は、表面水の沈み込みが起こっている海域で、一つは海氷形成による低温・低塩分のDSW、もう一つは日本海から流入した高温・高塩分の宗谷暖流前駆水(Forerunner of Soya Warm Current Water; FSCW)[Takizawa, 1982, Watanabe and Wakatsuchi, 1998]である。オホーツク海の東半分は、太平洋からの流入水(Western Subarctic Water; WSAW)の影響で、比較的高温・高塩分の特徴を持っている。

 北西部陸棚では、海氷形成のブライン排出によって、ほぼ結氷温度のDSWが形成する。水深200m以浅の陸棚域に存在する低温・低塩分水は、さらに、樺太東岸の陸棚斜面、おおよそ水深500mの等深線に沿って南に広がっており、東樺太海流の存在を示唆している。この図には示していないが、26.9〜27.0σθ面でも、北西陸棚域で高酸素水が存在し、DSW形成は27.0σθの密度層まで起こっている。また、図4.3.1に示したように、高温・高塩分・高酸素のFSCWが北海道沖に存在する。宗谷暖流は、日本海から宗谷海峡を通って、オホーツク海に流入する。宗谷暖流は1年中流入するが、春(4月から6月)は比較的低温なため高密度になり、26.8〜27.0σθのFSCWが存在する。オホーツク海中層に存在する水は、太平洋中層の水よりも低温・低塩分・高酸素で、それがOSIWの特徴である。OSIWは、高温・高塩分のWSAWが、低温・低塩分のDSW と混合し、さらに高温・高塩分のFSCW の変質を受けて形成される。図4.3.1eより、26.8σθ層の厚みは、太平洋よりも厚く、これもOSIWの特徴である。親潮域では、下流にいくにつれて、低温・低塩で層も厚くなっている。このことから、オホーツク海から流出したOSIWが、WSAWと混合して、比較的低温・低塩分の親潮水(Oyashio Intermediate Water; OYIW)が形成する。

  オホーツク海では、海氷の存在により冬季の観測データが無いので、以下のような仮定を行なって、気候値データからDSW生成量の見積もりを行なった。

1.    DSWは主に北西陸棚域の沿岸ポリニヤで生成し、他のポリニヤでの生成量は少ない。

2.    冬に陸棚域から流出するDSWの量は少ない。

3.    生成したDSWは次の冬までには、陸棚域からすべて流出する。

このような仮定を用いると、春・夏に陸棚域で観測されるDSWが、その冬のDSW生成量と近似することができる。図4.3.2は、4〜9月のデータのみで作成した気候値データから、ポテンシャル温度と体積の分布を示した図である。この図には、それぞれの密度で2つの体積の極大が見られる。一つは-1.5℃付近に存在するDSW、もう一方は1〜1.5℃のOSIWである。本研究では、春・夏に北西部陸棚に存在するDSWが、その冬のDSW生成量に等しいと仮定し、0℃以下のものDSWと定義すると、26.75〜27.05σθ水の生成量は、0.67Svとなる。

 最後に、1998〜2000年にサハリン東岸沖で実施した係留観測から得られた流速・水温・塩分の連続データを用いて、DSW流量を求めたFukamachi et al.(2003)の結果を紹介する。

 4.3.3に大陸斜面域の係留点で得られたポテンシャル密度の時系列を示す。M2M3を比較すると、M2でのみ季節変動が顕著に見られ、430m付近での値は冬季には低く、秋季には高くなっている。同じM2でのデータについて比較すると、1999年の秋季には両方の測器ともに値が高く、2000年の春季は前年に較べて430m付近での値が低くなっている。また、199912月と20001月には、両方の測器ともに値の低下が見られる。M2M7を比較すると、M2で秋季に見られた高い値は、M7においてより顕著である。係留系の設置・回収時に行われたCTD観測のデータによると、M2M7の岸側の陸棚上においては、σθ> 26.7で水温値が負の水塊の存在が確認されている。しかし、海底直上に設置した水温・塩分計の伝導度セルには土壌が混入して正しい塩分値が観測出来なかったため、連続データでは、このような水塊を捉えることが出来なかった。

   次に、DSWの流量について考える。北西域で海氷の生成に伴って生成される結氷点の純粋なDSW(Pure DSW、以下ではPDSWと略記)は、サハリン北部沖に輸送されるまでに、沖側の高温・高塩の水塊と混合するため、今回の係留系で観測された水塊は変質したDSW (Modified DSW、以下ではMDSW と略記) である。4.3.4は、これらの3つの水塊のT-S 図である。この図では、26.7<σθ< 27.1の範囲において、PDSW(青のカーブ)と沖側の水塊(赤のカーブ) が等密度面混合することによって、MDSW(黒のカーブ)が生成されることが説明出来る。

 4.3.4の考えのもと、大陸棚斜面での約200mと450m深で観測された流速・水温・塩分の連続データから、PDSWとMDSW流量の時系列データを求め、その平均値を示したのが表4.3.1である。

 

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2.オホーツク海氷の北太平洋流出量評価

 

 DSW流量については、上述したように評価方法による違いもあるが、それ以上に年による違いの大きいことが示唆された。この高密度水は、図4.2.5からも示唆されるように、北西部陸棚域から基本的には等密度に沿ってサハリン東岸沖を南下し、千島海盆にいくつも存在する高気圧性渦の影響を受けつつ、北太平洋への出口であるブッソル海峡に至る。

 このDSWを含むオホーツク海水のブッソル海峡からの流出量については、本研究で初めて観測によって評価することができた。海峡における3ヶ所での2年間にわたる流速計係留観測では、測器の回収には成功したが、予想をはるかに越える強烈な潮流のため、データとしては必ずしも充分満足できるものが得られなかった。そこで、この強力な潮汐流の影響を最小限にするため、係留方式でなく、降下型音響ドップラー流速計(LADCP)を用いた観測も実施した。この方式の場合、観測時期が限定された(2001年9月)ものになったが、潮汐の影響も考慮した、測点間隔の密な、従ってより信頼性の高い流出量を評価することができた。

 4.3.5は、オホーツク海と北太平洋の海水交換の最も盛んな(従って深い)2つの海峡(ブッソル海峡とクルゼンシュテルン海峡;左図)と詳細なLADCP観測を実施したブッソル海峡における観測点(右図)を示している。また、後述する親潮上流域における地衡流量を求める解析に使用したCTD観測ラインであるEライン(WOCEライン)も示している。観測スケジュールは大潮小潮を考慮して決められた。

 ブッソル海峡は、4.3.5からも明らかなように海山によって東側の水路と西側の水路に分かれている。観測点グループBとFはそれぞれの最深部を占めるため、流量やフラックスの計算では特に重要と思われる。そのため、これらの観測点グループが大潮小潮のピーク近くなるようにスケジュールが組まれた。

 4.3.6は、観測で得られた日周潮の大きさを示している。最も注目すべきことは、観測点F1における1000m以深に見られる1m/s以上のピークである。

これまでに、この水深でこの大きさの潮汐流が観測された例は、我々の知る限り皆無である。この現象の説明は今後の課題としたい。また、数値実験結果で指摘されてきた、半日周潮により日周潮が強いことも観測で確認できた。                                         

 4.3.7は、測流結果から潮流成分を除いた定常成分の空間分布を示している。図で示されたように、全体的にはオホーツク海から太平洋に流出する流れが卓越し、特に、FやB点付近の500m以浅やB点付近の1000m深あたりに強い流出がある。その一方で、西側(図の左側)の800m以深と東側(図の右側)の1500m以深では逆に太平洋からの流入になっている。

 このような二重構造は、オホーツク海と北太平洋の密度成層の差から予想される二層交換流の向きと矛盾しない。これらの定常成分の空間分布を積分することによって求めた海峡における輸送量を密度の関数として示したのが4.3.8である。注意すべきは、輸送量には、潮汐成分も含まれていることである。これは、層圧の潮汐成分と流速の潮汐成分の位相が一致すると、流出する時と流入する時の層圧が異なり、正味の輸送をもつことになるからである。しかし、この成分は定常成分に比べるとかなり小さい。図4.3.2.4から明らかなように、定常成分の流出の極大の密度は、26.7σθと27.4σθの2ヶ所にあり、全体としては、約9Svの流出である。図4.3.7を良く見ると、26.7σθの極大は流速の極大と一致していないことがわかる。

即ち、流出の中心は、流速よりむしろ層圧の極大によって与えられていることになる。この事実は、オホーツク海で最も良く見られる水塊がこの密度にあり、その特徴が渦位の極小、即ち層圧の極大である、ということと良く対応する。オホーツク海からの9Svの流出水と同じ性質の等密度水塊が北海道沖で3ヵ月後に観測されており、北太平洋中層水の起源となるオホーツク海水が北海道沖まで達していることを初めて観測によって確認することができた。

 次に、オホーツク海が北太平洋に対して果たしている役割を明らかにする目的で、今回の流出量、9Svという観測結果に基づいて、北太平洋への熱と淡水フラックスの評価を試みる。そのためには、北太平洋からオホーツク海への流入量の情報が必要である。その観測データは今のところ無いので、カムチャッカ半島東岸沖の親潮上流域の流軸に直交するWOCEラインの水温・塩分観測データから求めた地衡流量(5000db)を算出し、それを一つの手掛かりにする。その地衡流量のうち、ブッソル海峡のすぐ北側にあるクルゼンシュテルン海峡(図4.3.5参照)の水深に等しい1950mまでの深さの地衡流がその海峡からオホーツク海に流入すると仮定して流量を求めたところ、ブッソル海峡からの流出量とほぼ同じ8.9Svの流入量が求まった。この両海峡からの流出入量から熱・塩フラックスを求めたところ、オホーツク海は北太平洋に対して34x1012 Wの負の熱と1.9x106 kg/sの負の塩(淡水)を供給していることが導き出された。

 

                                                                                                                                           

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