4.研究内容

    2. 海洋循環

  1. 観測
    1. 表層循環
    2. 中層循環
    3. 東カラフト海流の空間構造と季節変化
    4. 観測結果のまとめ
  2. 駆動機構
    1. 風成循環
    2. 数値モデル
    3. 駆動機構のまとめ

     

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1.観測

 

 オホーツク海における流れの場は、最も基本的な海洋物理量であるにも関わらず、直接測流が乏しいため、実はよくわかっていない。オホーツ海氷の実態を理解する上で、海洋場の循環は最も基本的な背景場であり、特に東樺太海流を明らかにすることは本プロジェクトの最重点課題の一つとして位置づけられている。本プロジェクトでは結果的に、一つの海流(東樺太海流)をその存在の可否も含めて明らかにしていくという観測を行なうこととなった。

 流れを測る観測として、表層ドリフター及び中層フロートによるラグランジェ型観測と長期係留によるオイラー型観測の両方を組み合わせて行った。本節では、まずこれらの観測によって明らかにされた海洋循環を表層及び中層それぞれについて示す。次に、主に係留観測によって明らかにされた東樺太海流について述べ、最後に全体の循環像をまとめる。

 

 

 

a.表層循環

 1999年8月〜9月にロシア極東気象水文研究所のProf. Khromov号により計20個のアルゴス表層ドリフターが投入された。図4.2.1は全ドリフター20個の軌跡を示したものである。最も顕著な特徴は東樺太沖の等深線に沿う南下流すなわち東樺太海流の存在を明確に示している点である。ドリフターは樺太北端からテルペニア湾までは約1ヶ月かけて南下し、その後は2つのグループにわかれる。1つのグループは岸近く等深線に沿ってさらに南下し北海道沖まで向い、もう一つのグループは北緯48-52度あたりで東へ向い千島海盆へ入っていく。東進して千島海盆に入ったものの軌跡から、この海盆には直径100-150km程度のメソスケール渦(ほとんどが高気圧性)がいくつも存在していることが示唆される。オホーツク海内で生き延びたドリフターはすべて6ヶ月以内に太平洋へ流出したが、そのほとんどがブッソル海峡から流出している。これらのことから、(ドリフターが主に投下された)千島海盆や東樺太陸棚上の表層水はオホーツク海において少なくとも1年以内の滞留時間しか持たないこと、そしてブッソル海峡がオホーツクの表層水が太平洋へ抜ける主な出口となっていること、が示唆される。

 1つのドリフターから1日20-30回の位置データが取得できる。この位置データ適当なデータ処理(品質管理)を施し、位置データの差から各ドリフターごとに流速ベクトルの時系列を計算する。さらに平均流成分(25時間平均)と潮流成分(生―平均)に分離する。これらのデータを用いて以後平均流と潮流について解析を行った。

 4.2.2は、全ドリフターデータを用いて緯度方向に1度、経度方向に1.5度(約100km)のボックスごとに、平均流を求めたものである。但し、東樺太沖では、経度方向には半分の0.75度で分解している。矢印の先の楕円は、各流速成分の分散、データ数、及びラグラジアン時間スケールから95%の信頼度での誤差楕円を示したものである。

図4.2.2の結果は過去のスケマティックな流速分布と矛盾ないものとなった。東樺太海流は、少なくとも観測期間中(9-12月)は有意にほぼ定常な南下流として、0.2-0.3m/sec程度の速さを持って存在していることがわかる。図4.2.2からも東樺太海流は樺太南端まで南下する成分とテルペニア湾あたりで東向する成分にわかれることが示唆される。この東向流は0.1m/sec程度であり、東樺太海流とともにオホーツク海中北部の低気圧性循環を作っていると考えられる。オホーツク海の西部に投下されたすべてのドリフターが南下する事実は、東部にはそれを補償する北上流が存在することが予想される。

 

 千島海盆に目を向けると、有意とは言えないが、高気圧性の循環が示唆される。Wakatsuchi and Martin (1991) もジオポテンシャルアノマリーから千島海盆には高気圧性循環があることを示している。図4.2.3は、NOAAのAVHRR赤外線画像(1999年10月12日)に、その前後30日以内でのドリフター流速を重ね合わせたものである。この図は千島海盆に典型的な状況を示している。赤外線画像のSSTパターンから、海盆内には少なくとも4つの直径100-200km程度の高気圧性渦が確認できる(図にA,B,C,Dで示している)。これらの渦はWakatuchi and Martin (1990,1991) やBulatov他(1999)が衛星画像や水温、塩分データから示したメソスケール高気圧性渦に対応するものである。ドリフターによって、これらの渦は確かに流速0.2-0.4m/sec程度で高気圧性の動きをしていることが示された(渦A,D,E)。千島海盆内ではこれら高気圧性渦が充満しているために、平均すると海盆全体として高気圧性の循環となるのではないかという仮説も提出される。

 東樺太海流をさらに詳しく(統計的有意性をもって)見るために以下のような処理をした。まず、海底地形がそれぞれ一様な(a)北緯51.5-54.9度と(b)49-51.5度の2つの領域に分け、各ドリフター流速データを海底地形沿い方向成分と垂直成分に変換する。全データを水深ごとに分け、水深カテゴリーごとにドリフター流速の平均と分散を計算する。図4.2.4は、そのようにして計算した、平均流速ベクトルと誤差楕円を示す。なお、図4.2.4には対応する水深で同時期に係留データから得られた結果も重ね合わせて示しているが、ドリフターデータと概ね一致している。図4.2.4で最も注目される点は流速分布は2つのコアを持つということである。その特徴は北・南両方の海域で見られるが、より北部(51.5-54.9度)で顕著である。沿岸のコアは50-150mの水深のところに0.3-0.4m/secのスピードを持って存在する。陸棚斜面のコアは北部では700-900m水深に0.3m/secのスピードを持って、南部では300-500m水深に0.2m/secのスピードを持って存在する。ほとんどの流速ベクトルが横軸にほぼ垂直であることは、平均流は海底地形に強く沿って存在していることを示す。

 ドリフターは1日20-30回の位置データを取得しているので、潮流の強い海域では潮流特性をも知ることができる。特にオホーツク海はその地形的な特徴から潮流が非常に大きい海域であり、ドリフター観測によっていくつかの海域で潮流特性が明らかになった。主な結果だけを次にあげる。

1.カシェバロババンク上に極めて強い(振幅約1m/sec)日周潮の潮流(振幅0.2-0.3m/s程度)が存在する。理論解との比較から海山捕捉波の共振によって、極めて大きな潮流が生ずると解釈される。

2.51.5度以北の東樺太沖においても200mより浅い陸棚上で顕著な日周潮流が卓越する。理論解との比較により、第1モードの陸棚波と解釈される。

3.ブッソル海峡付近では島の周りの浅い所に大きな日周潮のシグナルが出る。これは地形性ロスビー波によると解釈される。また、半日・日周潮とも水深が2000m以上となる海峡の深い部分においても潮流がかなり大きい(最大振幅0.3m/s程度)。

                                                                                                                                           

 

b.中層循環

 オホーツク海の中層循環、及び海洋の上・中層の季節変動等を明らかにする目的で中層フロート(Profiling float)による観測をワシントン大学と共同して行っている。 2000年6月には4個(浮遊深度500m、10日ごと浮上)、2001年8・9月には7個(浮遊深度750m、5日ごと浮上)をロシア船クロモフ号にて、2002年7・10月には5個(浮遊深度750m・5日ごと浮上を3個、浮遊深度1650m・10日ごと浮上を2個)を稚内水産試験場の北洋丸にて投入した。さらに2個の投入が予定され計18個の中層フロートがオホーツク海に投入されることになる。

 ここでは2003年1月までの全フロートの軌跡を用いてオホーツク海の中層における循環について解析する。図4.2.5に計16個のフロートの軌跡を示す。500m深度のものを寒色系、750m深度のものを暖色系、1650m深度のものを黒色にて示す。図4.2.6は浮遊深度500m及び750mの計14個のフロートの流速から、e-foldingスケール40kmの重み関数で、緯度0.5度×経度0.67度グリッドごとの平均流速分布を示したものである。中央海盆に投下したもの(500m深度)から、中央海盆での低気圧性循環は500 m深まで及び、西岸斜面付近では平均10 cm/sec程度の南下流(東樺太海流)が存在することが示される。この深度はおよそポテンシャル密度で27.0σθに相当し、高密度陸棚水(DSW)の存在する最下層あたりに相当する。東樺太海流にのってやってきたDSWはこの低気圧性循環の影響を受け、中央海盆を再循環するか、樺太中南部で東進して千島海盆へ流入するかの経路をたどると考えられる。フロートの多くは南の千島海盆域を浮遊し、そこを観測することになる。

図4.2.5のフロートの軌跡から、中層においても千島海盆域には多くのメソスケール渦が存在することが示される。4.2.6のベクトル図で最も注目される点は、千島海盆の東部では千島列島に沿って5 cm/sec程度の有意な北東向きの平均流が見られることである。今までオホーツク海中層の流れに関しては全くわかっていなかったので、これは新しい知見である。このような流れがなぜ生じるのか、ventilateした(大気と接した)DSWがどのようにして太平洋へ抜けるのか、といったことは今後の課題としたい。

 

 

c.東カラフト海流の空間構造と季節変化

 主に東樺太海流を明らかにする目的で、1998年から2000年にかけてADCP等を設置したのべ13系の係留系による観測を行った。係留系は49.5゚N、 53゚ N、サハリン北端沖の3つの測線に沿って設置した。これらの観測結果から、200 mないし浅い海域では海底直上における10、1、4、7月の月平均流速の分布を図4.2.7(a)、(b)、(c)、(d)にそれぞれ示す。楕円は95%の信頼限界である。この図からほとんどすべての月のすべての地点にいおいて等深線に沿って南下し、統計的に有意な流れが見られる。この南下流の大きさは季節によって変化し、この4ヶ月の中では7月に最小1月に最大となる。最も密に観測を行った53度線では1月には海底斜面上に流速のピークが、7月には陸棚と陸棚斜面上にピークがみられる。ピークの場所での月平均流速は1月に最大となり37 cm s-1、7月に最小となり、10 cm s-1であった。

 流れは概ね海底まで達するような順圧成分が卓越するが、季節によって鉛直構造に特徴を持つ2つの流れも観測された。一つは主に秋(10月を中心)に見られる、陸棚上の海面付近に集中した強い南下流である。この南下流は、アムール川の影響を受けた低塩分の東樺太海流水(ESCW)とその下層の水の密度差に伴うものであり、低密度水フラックスによる密度流の構造を持つ。もう一つは、東樺太海流の上流の秋(9-11月)を中心に見られる海底に捕捉されたような南下流である。この流れに対応して、陸棚から斜面の海底に沿って水温-1.5℃以下で密度が26.8から27.0σθの低温高密度水が見られる。この水はDense Shelf Water (DSW:高密度陸棚水)とみなすことができる。DSWに伴い等密度面が深さとともに南向地衡流を増大させる方向に傾いており、海底で強化する流れは高密度フラックスに伴う密度流の構造を持つ。サハリン北端部から数100 km以内で、DSWが周囲の高温水を混合して元の水の性質を失うので、それに伴ない海底で強化された南下流も減衰する。

 最も密に観測を行った53度線を通過する1998年8月から1999年8月までの各月の平均流量を見積もった。本研究の係留観測によりサハリン東岸沖を南下する流れのほとんどすべてを含んだ流量を見積もることができた。図4.2.8に53度線を横切る南下流の月平均流量を示す。1998年8月から翌7月までの1年間の平均流量は6.7×106m3s-1、最大流量は2月に12.3×106m3s-1、最小流量は10月に1.2×106m3s-1であった。

図4.2.8中の×と○はそれぞれ北緯53度上のM2点(水深480m)、M4点(水深1720m)における流速を鉛直積分した量を表す。9月、10月の比較的短周期の変動を除くと、これらの値は1998年から1999年と1999年から2000年で定性的に同じ季節変化を示す。後者の期間は設置した係留系の数が少ないために53度線を横切る流量を直接見積もることはできないが、この期間の流量も前の年と同じような季節変動をすることが示唆される。

 ESCWに伴う海面付近に集中した流れと、DSWに伴う海底で強化される流れは全流量の5から10% 程度である。このように水塊に伴う流れは、サハリン東岸域における流速分布を特徴づけるものであるが、流量としてはこれらの流れがサハリン東岸域全体の南下流に占める割合は小さい。流量のほとんどは陸棚斜面上の流れによるもので、この流れは徐々に減衰するものの海底近くまで及ぶ。この陸棚斜面上の流れはドリフターで観測された東樺太海流の沖合いコアに対応するものと考えられる。

 

 

d.観測結果のまとめ

 4.2.9は、表層ドリフター、中層フロート、及び係留系による観測の結果に基いて、オホーツク海の循環を模式的に示したものである。東樺太海流は2つの成分からなると考えられる。一つは陸棚斜面上のもので、これは中央海盆での低気圧性循環の一部(西岸境界流)をなしていると考えられる。

流れも海底近く(1000m程度)まで及び、流量という観点からはこの海の最も大きな流れといえる。この流れを補償するように、中央海盆の東部にはゆっくりした北上流がある(図の点線)と考えられる。中層フロートの観測からこの低気圧性循環は少なくとも500m深まで及ぶ。東樺太海流のもう一つの成分は沿岸の陸棚上に捕捉される流れで、北西陸棚から源を発し、北海道沖まで達するものである。水塊・海氷の動きなどとも考え合わせると、この成分は秋季から冬季にのみ顕著になるという大きな季節変動をすると考えられる。この成分をさらに詳しく見ると、アムール川の低塩分フラックスによって表層に強化される流れ、高密度陸棚水(DSW)によって海底に捕捉される流れも含んでいる。南の千島海盆ではメソスケール(直径100km程度)高気圧性渦が充満していて、海盆全体としても弱い高気圧性循環がある。オホーツク海から太平洋への流出は主にブッソル海峡を通して行われる。

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2.駆動機構

 海洋物理学の面からは、東樺太海流の構造や季節変動が定量的に明らかになったことが、本プロジェクトの最も大きな成果の一つと言える。東樺太海流を北緯53度に沿って横切る長期係留側流の結果からは、年平均の流量は約7 Sv (1 Sv=103 s-1)と見積もられた。これは黒潮の流量の2−3割に相当し、縁海の流れとしてはかなり大きな流量を持った流れと言える。(因みに、日本海の対馬暖流の流量は年平均で2−2.5 Sv程度である。)これは流れが表層のみでなく海底まで達するような深い構造をもっていることによる。また、流量が冬季に最大で夏季に最小となる大きな季節変動をする。東樺太海流をさらに詳しく見ると、沿岸近くに捕捉される成分と、沖の陸棚斜面上に存在する成分の2つのコアからなっている。前者は上流は北西陸棚から下流は北海道沖まで達し、後者は中央海盆全体での低気圧性循環の境界流をなしているように見える。東樺太海流の沿岸成分は、流速は0.2-0.4m/sと大きいものの流量にすると大きくはなく、この海流の流量の80%は水深500m以上の領域にある。すなわち東樺太海流の流量を主に担っているのは沖合いの成分、すなわち低気圧性循環の境界流成分である。一方、水深の大きい千島海盆には高気圧性のメソスケール渦が多く存在し、海盆全体としても弱い高気圧性循環となっている。

 今までは、オホーツク海の循環自体が定量的によくわかっていないこともあって、循環の駆動機構に対する理論的な研究は十分になされていなかった。本節では、オホーツク海の循環、特に風によって駆動される循環について考える。

 

1.風成循環

 ここでは、オホーツク海における最も顕著な循環である低気圧性循環の駆動機構を議論する。我々は、この低気圧性循環は風応力カールで駆動される風成循環であり、東樺太海流の沖合いのコアはその西岸境界流である、という仮説を提出する。この循環機構は、循環の方向が逆向きではあるが黒潮と同様な機構であり、オホーツク海の場合は、強い正の風応力カールが亜寒帯的な(反時計回りの)循環を作っているという考えである。

 海洋の風に対する応答は速い(数-数十日程度)順圧的なものと、ゆっくりした(数-数十年程度)傾圧的なものとがある。オホーツク海では、第一モードの傾圧ロスビー波が東岸から西岸まで伝播するのに約10年かかる。従って傾圧応答として海洋は概ね年平均で応答すると考えられる(応答がゆっくりしているので速い変動はならされる)。そこで、まず年平均の風応力と水温・塩分データによる地衡流場との比較・検討を行う。

 4.2.10は、過去の水温・塩分データを可能な限り集め(プロジェクトによるクロモフデータ等も入っている)、オホーツク海におけるジオポテンシャルアノマリー分布を示したものである。1000db基準の100db面のものを示している。100db面より上層は季節変動の効果を受けやすいので100dbを選んでいる。この図から中央海盆(オホーツク海中央部の水深1000-1600mの海域を以後このように定義する)では低気圧循環が見られ、過去の流れの模式図(Moroshkin, 1966)やドリフターの結果と矛盾しない。ジオポテンシャルアノマリーは西岸近くでは水深が浅いため得られないが、多くコンタが西岸にぶつかっていることから、西岸には比較的強い南下流があることが示唆される。千島海盆には中央海盆とは逆に高気圧性の循環が存在する。こちらの方は、西岸境界流を持つような分布にはなっていない。低気圧性循環と高気圧性循環の境界(47-48度付近)には、3-5cm/sec程度の東向流が示唆され、これはドリフターデータによる結果とよく対応する。

 4.2.11は過去の水温・塩分データから求めた、北緯53度における、(a)ポテンシャル密度と(b)地衡流の断面図である。図4.2.11aから、密度面は東岸より徐々に上昇し、それが西岸近くで一挙に解消されているのがわかる。これに対応して地衡流は、内部領域(西岸付近以外)では弱い北上流、西岸付近では相対的に強い南下流となる。このような特徴は、後述するように、スベルドラップバランスあるいは風成循環を示唆するものである。このような特徴は51-53度の範囲では同様に見られ、また季節によらず存在するものである(ここでは図を示さないが)。

 次に、風応力データの解析を行なう。ここでは、1979-1993年のECMWF高分解能バージョン(約1.125度)のデータを用いて日々の風応力から年平均での風応力及びそのカールの気候値を計算した(図4.2.12)。風の場は大きな季節変動をし、年平均の場は風の強い秋から冬の場が反映される。

図4.2.12から、樺太のごく東岸付近を除くと中北部ではcurlτは正となり、確かに反時計回り循環が作られうる応力場となっていることがわかる。現場データの少ないオホーツク海では、ECMWFの風応力はモデルの結果を多く反映したものと考えられるが、現場データ(COADS)のみからも風応力を求めたが、ほぼ同様な結果が得られる。

 このような風応力からスベルドラップの流量流線関数ψを計算したのが4.2.13aである。

この図は500mの等深線をψ=0の境界に取って計算している。このようにしたのは、北部に拡がる浅い陸棚上では、流れは海底まで達し、惑星βよりはるかに地形性βが効くことが予想されるからである。海岸(水深0m)でψ=0として流線関数を作ると北西陸棚に15(Sv)もの流量の西岸境界流が作られるが、そのようなものは現実には存在しない。また、係留の結果からも東樺太海流の流量の80%は水深500m以深の海域が担っていることが示されている。図4.2.13aに見られる循環の様子は図4.2.10のジオポテンシャルアノマリーによる循環の様子とよく対応している。ただし、図4.2.13aの方が現実の図4.2.10より循環の中心がやや北にシフトしていることがわかる。また、千島海盆に現実に見られる高気圧性循環は、図4.2.13aすなわち風応力カールでは説明できないことを示している。

 

2.数値モデル

 次に、現実的な海底地形・成層のもとに、現実的な風応力を与えたときにオホーツク海の循環がどうなるかを、数値モデル(Priceton Ocean Model: POM) を用いて行なった研究を簡単に紹介する。

 4.2.13bは、12ヶ月平均の年平均気候値風応力によって駆動したモデルの、充分定常に達した20年目を平均した流線関数を示す。もっとも大きな特徴はオホーツク海中央部に顕著な低気圧性の循環ができ、その一部として東樺太海流が再現されたことである。中央海盆の低気圧性循環は、スベルドラップ流量流線関数(図4.2.13a)と類似しており、最大流量の約5 Svというのも概ね一致する。図4.2.11bはモデルから得られた北緯53度での鉛直密度断面図である。等密度面が東から西に進むにしたがって浅くなり、西岸で一気に深くなる。この様子は現実の密度断面(図4.2.11a)をよく再現しており、内部領域ではスベルドラップ・バランスしていることを示唆する。実際に、モデルの内部領域で渦度バランスを調べると、スベルドラップ・バランスしていることが確かめられる。以上より、モデルからも年平均では中央海盆域ではスベルドラップ・バランスしており、東樺太海流は風成循環の西岸境界流として理解できることが示された。

 4.2.14にモデルによる年平均の表層流(表面下30m)での流速分布を示す。樺太の北に注目すると、東の中央海盆からくる流れ、西の北西陸棚からくる流れとが合流して南下流となっている様子がわかる。このような特徴は表層ドリフターによる観測結果と非常によく合っている。東からの流れは内部領域からの流れで、上で議論してきた西岸境界流に相当する。西からの流れは陸棚上の流れに続いているが、これは西岸境界流として説明できない。この岸に捕捉された流れは岸沿い方向の風応力によって駆動される沿岸捕捉流として解釈される。沿岸捕捉流は、岸でのエクマンフラックスが岸を右に見る方向に沿って積分された流量分だけ、岸に捕捉されて生じる流れである。ここでは詳しく示さないが、モデルで現れる沿岸捕捉流は観測(秋・冬にのみ顕著になる沿岸流)をよく再現している。

 以上、モデルからも、東樺太海流は二つの流れから構成され、(a)陸棚斜面から沖に作られる風成循環の西岸境界流成分と、(b)陸棚上に存在する沿岸捕捉流成分からなることが示された。流量を主に担っているのはに西岸境界流成分である。一方、沿岸近くの流れは沿岸捕捉流で決まっていて、秋・冬季にのみ南下流が北海道沿岸まで達するのは沿岸捕捉流によると考えられる。

                                                                

  

3.駆動機構のまとめ

 本プロジェクトでわかってきた多くの情報や力学的考察をもとに、考えうる駆動機構を模式的にまとめたのが4.2.15である。東樺太海流は1つの駆動機構で流れているのではなく、実は4つの駆動機構によって作られている。主に陸棚斜面にコアを持ち流量のほとんどを占めている流れは風応力カールによる風成循環の西岸境界流と解釈される。

この風成循環は中央海盆に低気圧性循環を作っており、流れは海底近くまで及んでいる。沿岸の陸棚上に捕捉される流れは次の3つの駆動機構からなる。一つは岸沿い方向の風によって駆動される沿岸捕捉流で、岸へのエクマンフラックスが捕捉された流れとして理解できる。北西季節風の強い冬季にのみ顕著で海底にまで及ぶ(順圧的)構造を持つ。2つ目はアムール川の淡水フラックスによって表層に捕捉された密度流で、秋に顕著である。3つ目は、冷却とブライン排出に伴なう高密度フラックスによって海底に捕捉された密度流で、上流付近にのみ顕著である。今回詳しい議論はしていないが、南部の千島海盆の循環は風成循環では説明できず、太平洋との海水交換や千島海峡周辺での非常に強い潮流混合などがこの海域の循環や渦の生成等強く関っていると考えられる。

 

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