4.研究内容

  1. 海氷の消長・変動のメカニズム
    1. 海氷の成長履歴
    2. 熱収支特性
    3. 海氷の生成
    4. 海氷の動き
    5. 海氷域の変動

     

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1.海氷の消長・変動のメカニズム

 

 海氷は、その特性(高アルベド、大気-海洋間の断熱材、熱と塩の再分配・輸送)から世界の気候に大きな影響を与えている。しかし、海氷が気候に果たす具体的役割について量的に評価するような研究は、まだ充分に行われているとは言えない。それは海氷域での情報が著しく不足していることによる。

 本研究プロジェクトの研究対象であるオホーツク海は、北半球における季節海氷域の南限に位置し、しかも海氷域面積の年々変動が非常に大きいことで知られている。低緯度の海氷ほど、正のフィードバック効果をより受け、気候変化に対する応答が速くなる。このため、海氷と気候の相互作用を理解する上で、オホーツク海氷は格好の研究材料とも言える。オホーツク海氷にはまた、南北両極域海氷と共通するいくつかの特徴がある。例えば、季節海氷(冬発達、夏消滅)という点では南極海の海氷と同じであり、低緯度海氷の成因の一つと言われている、河川水流入による海洋の二重構造(安定な密度成層)は北極海にも顕著に存在する。さらには、北太平洋亜熱帯域に広く分布する北太平洋中層水の起源となる水がオホーツク海にあり、その生成に海氷形成によるブライン(高塩分水)排出が大きく関与していることも、世界の海洋深層大循環の源の一つである南極底層水生成と類似している点である。

 

 

1.1 海氷の成長履歴

 

 オホーツク海の特徴は、何と言っても海氷が存在することにある。しかし、その実態はよく分かっていない。そこで、本研究では、北部海域から南下する海氷の終着域である南部北海道沖の海氷域を季節海氷の一つのモデル海域と位置づけ、砕氷パトロール船「そうや」を用いた現場観測を、1996年から毎年2月に水路部と共同で実施してきた。このような、同じ海域で同時期に現場観測を継続して実施している例は世界的にもほとんど無く、極めて貴重な観測データセットが得られている。

 その一例として、海氷のアルベドの観測結果を4.1.1に示す。海氷のアルベドは、海氷域の熱収支を議論する上で非常に重要な量であるが、世界的にもあまり観測例は無く、オホーツク海氷については勿論最初のデータである。オホーツク海氷アルベドは、年による氷況の違いに関係なくほぼ一定値0.64であることが分かった。極域沿岸定着氷の値(0.75)よりやや小さいのは、低緯度季節海氷特有の雪粒子を多く含んだ、凹凸の激しい表面状況にあることが主因と考えられる。また、各気象要素や氷況観測データ用いて、南西部海氷域全体の熱収支を計算したところ、海洋は熱源になっており、1日あたりの平均海氷成長量は0.5cm以下であり、海氷の現場生産はほんのわずかで、厚い海氷のほとんどは北から運ばれてきたものであることが示唆された。

 一方、ビデオによる海氷厚観測結果から、北海道沿岸沖に到達する海氷のうち表面が平らな氷盤については、年による変動はあるものの、平均0.2m−0.6mのものから成っていることが分かった。しかし、これは、あくまで平らな氷盤についてであり、オホーツク海氷の特徴は、南極海氷同様雪を多く含み、さらには氷盤どうしの衝突・重なり合いなど活発な力学過程を経たrafting iceやpressure ridgeなどのいわゆる厚みのある氷盤の割合が圧倒的に多いことなどが挙げられる。図4.1.2は、「そうや」船上から採取した海氷サンプルの鉛直断面である。北から漂流してくる海氷の多くは、このように典型的な構造の海氷盤が数枚重なったものから構成されている。また、北から漂流してくる海氷野のいわば終着地とも言える北海道湧別沖で毎冬実施している係留系による氷厚観測からも平らな数十cmの氷盤よりも数mの厚い(これまでには最大17m)氷盤の割合の多いことが示されている(図4.1.3)。このように、オホーツク海の海氷野は、大小様々な開水面、薄い氷、凹凸の激しい海氷など非常に複雑な表面状況で成り立っていることが示唆された。

 次に、オホーツク海全域にわたる海氷の実態については、主として、リモートセンシングや熱収支解析の手法を用いて明らかにしていきたい。

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1.2 熱収支特性

 4.1.4は年平均した正味の熱収支の空間分布である。

正味の熱収支は、北部では強い負の値、南部では正の値、という顕著なコントラストを作る。

これは一つには海氷による熱輸送による。すなわち、北部で潜熱を放出して生成した海氷が、風と海流によって南部へと運ばれ、そこで潜熱を吸収して融解するという、海氷による負の熱の南への輸送(熱輸送としては北向き)を示している。熱輸送でもう一つ重要になるのは東樺太海流が冷たい水を南へ運ぶ効果である。オホーツク海の冷水や融氷の効果は太平洋の北海道道東沖まで浸み出している。北海道のオホーツク沿岸や道東の寒冷な気候は海氷と東樺太海流が負の熱を北から運んできたことによる部分が大きいと考えられる。海氷が気候形成に強く関わっている例と言える。

本計算では、オホーツク海全体で年平均した正味の熱収支は -22 W m-2となり、オホーツク海は大気により冷却されているという結果となる(但し、この見積もりには少なくとも 20 W m-2程度の誤差が含まれる)。この結果を信用すると、オホーツク海が北太平洋に対して低温のソースになっているという海洋側からの知見と矛盾しない。同緯度の北太平洋亜寒帯域では海洋は大気に暖められているという結果(Moisan and Niiler, 1998)に対し、オホーツク海は全く逆になっていることになる。北西部の海氷生成によってできた結氷温度の高密度陸棚水は中層まで達する密度を持っており、それが東樺太海流によって南へ運ばれ、さらに北太平洋中層へ運ばれることを考えると、オホーツク海では単に熱が水平方向に輸送されるだけでなく鉛直的に海洋内部へも輸送されることも重要な点である。

 

1.3 海氷の生成

 海氷がどこでどれだけ生産されているかは、淡水(塩)収支や高密度陸棚水の生成量を知るうえでも重要である。しかし、海氷の厚さを観測するのは極めて難しいため、海氷生産量やその生産場所はよくわかっていない。ポリニヤを含む海氷域では大気から奪われた熱の多くは海氷生産に使われるので、熱収支から海氷生産量をある程度推定することも可能である。今回、一つの試みとして、海氷の生産は海氷域(ポリニヤ域も含む)でのみ行われ、海洋下層からの熱は無視する、と仮定し、海氷域での表面熱収支のマイナス分が海氷生産量になるとして、海氷生産量を見積もった。

   海氷密接度70%以上の海域を海氷生産域とした場合の結果が図4.1.5である。

沿岸ポリニヤは開水面域ではなく薄氷域としてカウントされるので、そこでの海氷生産は考慮されている。この図から、最も強い生成域は北西陸棚域の沿岸から120kmまでの海域であり(氷厚3-4mに相当)、この海域だけでオホーツク海全域の1/3の海氷を生産するという結果となる。次に大きいのはシェリコフ湾(北東の湾)、続いてカラフト東岸北部域である。これら3つの海域はポリニヤが頻繁に発生する海域であり、ポリニヤが主な海氷生産域であることを図4.1.5はよく示している。

 北西陸棚のポリニヤで大量に生産された海氷は、風と海流で樺太沖に沿って南下し、最終的には南部で融解する。この海氷の輸送を熱量の観点から簡単な見積もりを行ってみる。海氷は100kmの幅を持って平均0.3ms-1のスピードで(Kimura and Wakatsuchi, 2000を参考)、3ヶ月にわたって南下するとする。海氷の平均氷厚を0.5mとすると運ばれる海氷量は約2.3×1011(m3)となり、これは先に見積った北西陸棚域での海氷生産量の2/3に相当する。この輸送された海氷が南部の200km×300kmの範囲だけで融解するとすると、合計2mの厚さの氷を融解することになり、この熱量は年平均の正味熱収支に換算すると-17Wm-2となる。これは図4.1.4の正味熱収支の結果とおおむね対応している。

 沿岸ポリニヤの存在は、上記のように熱収支解析はもちろん、海氷タイプから新生氷の領域として検出することも可能であるが、より直接的には漂流速度場から沿岸付近の発散域として検出することが出来る。そこでまず、風向と海氷の発散との関係を見てみたところ、沖向き風時に海岸沿いが強い発散域になる傾向が明瞭に見られた。北西風時にオホーツク海全体の発散は最も強くなり、沿岸域のみならず海氷域内部の広い範囲で発散域となっていた。これは先に述べた風力係数が氷縁に近づくほど大きくなることによる結果と考えられる。

 次に、海氷域内部で実際にどの程度の面積の海氷域が生成されているのかの見積もりを行った。毎日の密接度変化から計算される海氷面積の変化から海氷の移流による変化量を差し引くことにより、その場所で生成/消滅する海氷面積を計算した。まず風向ごとに場合分けした単位面積あたりの海氷生成量の分布を求めたところ、沖向き風時に沿岸で多くの海氷が生成されていることが分かった。このような結果をもとに、1991/92年から2000/01年の10年分のデータを用いて一冬期間の平均の海氷生成量を見積もった結果が図4.1.6である。この図から、沿岸域(沿岸ポリニヤ)での海氷生成量が圧倒的に多いことが分かる。最も生成量が多いのは北西部のシベリア沿岸域である。また、樺太沿岸域でも同程度の海氷生成がある。これらは、熱収支計算結果(図4.1.5)と同様である。この沿岸ポリニア域での海氷生成量はオホーツク海の全海氷面積(約1.0×106km2)を上まわる量である。一方で、海氷域内部では海氷面積の減少も起きている。図4.1.7は一冬期間の平均の面積減少量の分布を示したものである。北西部Shantarskiy Bayでの海氷面積の減少が顕著に見られる。冬期にこの海域で海氷が熱力学的に融解することはほとんど無いと考えられることから、この面積減少は海氷どうしの重なりあいなどの力学過程によるものであると考えることが出来る。言いかえればShantarskiy Bayは海氷を厚くする場所として重要な役割を果しており、ここで力学的に厚くなった氷は卓越する南への海氷移流によって広がって行くと考えられる。また、海氷域内での海氷面積の減少量に着目すると、その量の合計はオホーツク海の全海氷面積に匹敵する。海氷が力学的に厚くなる過程は、海氷面積収支という観点からも無視できないことが分かる。

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1.4 海氷の動き

 4.1.8は各種の観測画像から得られた海氷漂流速度の例である。まず、左図は流氷レーダーによる画像から計算した海氷の漂流速度で、示した範囲は約40×40kmである。海氷の動きは一様ではなく、直径10キロメートル規模の渦が多く見られる複雑な様相を呈していることが分かる。このような規模の渦は海洋の渦を反映したものと考えられる。次に中図はNOAA/AVHRRによる赤外画像から計算したオホーツク海南部の海氷漂流速度である。北海道沿岸に示した黒枠が左図の範囲と一致する。流氷レーダーの例とは観測日が異なるが、AVHRRから得られる漂流速度ではレーダー画像から得られた図に見られる規模の渦は観測できない。一方で、このAVHRRから得られた図には100キロメートル規模の渦や海氷の蛇行が顕著に見られる。これらの特徴も海洋表層の流れを反映したものと考えられる。さらに、右図はマイクロ波放射計SSM/Iによる観測画像から計算した海氷漂流速度である。南部の黒枠がAVHRRからの図の範囲と一致する。このスケールでは、AVHRRから得られた図に見られる規模の渦や蛇行すらも見ることが出来ない。また、この図には観測日の海面気圧場も示してあるが、この100kmスケールでの海氷の動きは等圧線にほぼ平行、つまり地衡風とほぼ平行方向であることが分かる。そこで、このSSM/I画像から得られた海氷漂流速度を用い、100km程度の空間スケール、一日以上の時間スケールでの海氷の動きと風速との関係について解析を行った。

4.1.9はSSM/I画像から計算した1991/92年から2000/01年までの冬季北半球の平均海氷漂流速度場である。北極海に比べて季節海氷域での漂流速度が大きく、オホーツク海では最大で15cm/s程度の南下流が見られる。また、日々の海氷の動きはこの平均場から大きく変動している。

一般に一日以上の時間スケールで見ると、海氷の動きは風速の一定比率(風力係数)の速さでの一定方向(偏角)への動きに海流を足したものとして表現出来ることが知られている(Thorndike and Colony, 1982)。そこで、それぞれの場所での風力係数、偏角、海流が変化しないと仮定して、毎日の海氷漂流速度と地衡風速度との相関係数を求めたところ、北半球の広い範囲で高い相関が見られ、特にオホーツク海を含む季節海氷域で高相関になっている。オホーツク海では氷縁に近い程相関が高く、相関係数は最大で0.8を越えている。このように、オホーツク海などの季節海氷域では、海氷漂流速度の日々の変動はその大部分が風速場の変動によって説明できる。また、オホーツク海を含む全ての海域で、風速との相関はラグ無しの時に最大となることも分かった。地衡風に対する偏角を見てみると、全域で風向に対して10度以内の範囲に収まる値となった。つまり、海氷は地衡風とほぼ平行方向に漂流していると考えて良い。図4.1.10は海氷漂流速の地衡風速に対する比率(風力係数)を示したものである。北極海では海氷の漂流する速さは地衡風速の1%未満であるが、季節海氷域では比較的大きな値である。オホーツク海では沿岸付近で風速の1%程度であるが、氷縁に近づく程大きな値となり最大で風速の2.5%程度での動きとなる。他の季節海氷域と比較してもオホーツク海は最も風力係数の値が大きい海域のひとつである。最後に海氷の動きから風による動きの成分を差し引くことにより平均の海流を見積もった結果が図4.1.11である。グリーンランド海やラブラドル海では陸地の西岸に沿って強い南下流が見られ、オホーツク海でも樺太沿いに10cm/s程度の速さの南下流、いわゆる東樺太海流がとらえられている。

オホーツク海の海氷の動きは、風速に応答する成分にこの平均の海流を足したものと解釈できる。これらの解析結果は、Kimura and Wakatsuchi (2000)にまとめられている。

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1.5 海氷域の変動

1)日々の変動

 オホーツク海の海氷域は11月に北西部から拡大をはじめ、徐々に南東方向に広がり2月下旬から3月上旬にかけて極大となる。その後急速に北西方向に後退し、5月にはほぼ完全に消えてしまう。このような季節変動は単調におこるわけではなく、海氷域は数日のスケールでも大きく変動している。本研究では解析ライン(日々の氷縁に垂直な方向)を設定し、海氷域(氷縁位置)が変化する速さの解析を行った。その結果、風速と海氷漂流速の変化が非常に良く一致することが分かった。また、これらと氷縁位置の変化する速さとを比較しても、両者はよく似た変動傾向を示した。実際、地衡風速と海氷漂流速との相関係数は0.92、地衡風速と氷縁位置の移動速との相関係数は0.70であり、それぞれの間には有意な相関関係が確認された。図4.1.12は日々の風速と氷縁位置の移動速との相関係数と回帰係数を示したものである。オホーツク海、ベーリング海、バレンツ海では相関係数が0.7前後の高い値である。つまり、これらの海域では海氷域(氷縁位置)の変化は風速変化に伴う海氷の動きの変化によって強く決定されていることが分かる。一方で、グリーンランド海、ラブラドル海では相関係数が小さい値となっている。これらの海域では、決まった位置で海氷域の拡大が止まる傾向があり、海洋のフロントの位置により氷縁位置が決定されていると予想される。以上の解析により、北半球の氷縁海域の中でオホーツク海は海氷域の変化が風速変化の影響を受けやすい海域であり、一定の風速変化に対する応答の大きさ(回帰係数)は北半球で最も大きいことが分かった。これらの結果はKimura and Wakatsuchi (2001)にまとめられている。

 

2)年々変動

 4.1.13は海氷面積の極大期である3月上旬のオホーツク海の海氷域面積の年々変化を示したものである。最も多い年と少ない年ではその面積には2倍以上の差があり、非常に大きく変動していることが分かる。そこで、日々の変動と同様の解析ラインを用いて、海氷拡大期(12月から2月)の風速と対応する年の最大氷縁位置との関係を調べたところ、オホーツク海は最大氷縁位置と平均風速の相互関係が北半球で最も大きく、つまり、海氷面積の年々変動が、一定の風速変化の影響を北半球では最も大きく受ける海域であることが分かった。しかし、年々変動を単純に風速場だけで説明できるわけではない。相関係数(ラインの色)も0.5から0.6とある程度高い値であるが、ベーリング海やバレンツ海と比較すると小さい。オホーツク海の海氷面積の年々変動は単純に風速場だけで説明出来るわけではない。

 Kimura and Wakatsuchi(1999)は、オホーツク海の海氷面積の年による違いは、多くの場合風速の年による違いによって説明可能であるが、海氷の極端に多い年の拡大の速さは風速の影響だけでは説明できないことを示した。図4.1.13から、最近では2001年が非常に海氷の多い年であることが分かる。そこで2001年と他の年との海氷域の拡大過程の比較を行った。図4.1.14はオホーツク海における解析ラインA(図4.1.12参照)上での、実際の海氷域の時間変化と海氷漂流速度から予測される氷縁位置(氷縁での毎日の海氷漂流速度から一日で海氷が移動する距離を算出し、それを可算したもの)とを比較したものである。ほとんどの年の海氷拡大期で、両者は非常に良く一致することが分かる。つまりオホーツク海の海氷域の拡大は海氷の移流によってほぼ説明でき、氷縁での新たな海氷生成や海氷融解の効果は小さいと言える。しかし近年、特に2000/01年は海氷域が海氷の移流速よりも大幅に速く拡大している。これは氷縁での新たな海氷生成が海氷域の拡大に寄与していたためと推測できる。そこでSSM/Iデータから得られた毎日の海氷タイプの変化を見てみると、2001年には氷縁での海氷生成が大規模に海氷域を拡大させている事例がはっきりと確認できた。これは、2001年以外の年では全く見られない現象である。これらのことから、2001年の多氷は卓越する沖向きの風による速い沖向き海氷移流という力学的な好条件に加えて、氷縁でも海氷生成が起きやすい状態であったという熱力学的な好条件によってもたらされたと考えることができる。また、海氷漂流速度のデータが無いため同様の比較は出来ないが、1979年も風速から予測されるよりも速く海氷域が拡大していることから、2001年や1979年のような極端な多氷の年には熱力学的な好条件が海氷の急速な拡大に寄与していると推測できる。

 最後に、海氷の多寡が何によって決まるかを、表面熱収支という観点から検討する。山崎(2000)は、オホーツク海の海氷面積の年々変動は、風のほかに初期の海氷の張り出し面先(結氷の早晩)が、そのシーズンの後半まで効き、その年の海氷の多寡を決める要因の一つになっていることを指摘した。先ず、1979年から2000年の22年間のSSM/I海氷データと表面熱収支計算結果との相関をとってみた。結論としては、海氷拡大初期の海氷面積は、海氷生成域である北西部海域で、秋季にどれだけ熱が大気へ奪われたかで概ね決まることが示唆された。そこで、北西部のある点における10、11月の熱収支と、12月全海氷面積の偏差の年々変動を調べてみたところ、両者はよい対応を示した。また、2000年の秋には、確かに22年間で最も強く大気によって冷却されており、そのことが2001年に海氷域の最大の拡大をもたらしたものと示唆される。

 以上、熱収支計算結果から、東樺太海流域及びその上流の北西陸棚域では単純に海面がどれだけ冷却されるかだけで結氷の早晩が決まるという仮説が呈示された。この仮説を確かめるためには、結氷に至るまでの海洋混合層の観測が必要となる。混合層の季節進行を観測するために、2000年6月に東樺太海流の上流に4基の中層フロートを展開した。

図4.1.15は、中層フロートにより観測された、東樺太沖の水温の鉛直プロファイルの季節変動の一例である。夏に表層は暖められ、秋以降は冷却と混合で下層から高塩分水がエントレインされながら混合層が深まっていき、ついには結氷に至る、という混合層の季節進行がよく捉えられている。

このような特徴は鉛直1次元混合層モデルでも再現されえるが、今回は混合層の貯熱量の変化に着目する。下層からの熱及び水平移流による熱収束の効果を無視すると、貯熱量の変化は海面熱フラックスと等しくなるはずである。

図4.1.16は2000年に東樺太沖を観測していた4つのフロートから求めた混合層の貯熱量の変化(実線)と、ECMWF, GISSTなどから求めた同時期の海面熱フラックス(破線)を比較したもので、おおよそ一致しているのがわかる

ちょうどこの年は、結氷開始が例年よりかなり早く、その後20年ぶりにオホーツク海全面がほぼ海氷に覆われた年となった。1987-2000年の14年間の平均(気候値)の海面熱フラックスを計算したところ、2000年は10・11月の冷却が例年より非常に厳しかったこと、それが海洋混合層の熱を多く奪い、この年の結氷を多いに早めたことまでも示唆される。

 以上の結果は、少なくともオホーツク海北西部から東樺太海流域にかけては、秋にどれだけ大気により冷却されるかだけでほぼ結氷の早晩及び初期の海氷域面積の大小が決まると言ってよいことを示している。以上見てきたように、熱収支という観点からは海氷拡大初期の経年変動はかなり明瞭に説明がつくことがわかった。しかしながら、オホーツク海の中央部や後半でのオホーツク海全域の海氷の多寡が何で決まるのかは、単純にローカルな熱収支で決まるのものではないらしいことがいろいろの解析から示されている。風による変動の他にも、海洋中に記憶されている前年からのアノマリー、太平洋からの流入水の影響なども重要な要因である可能性がある。

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