3.研究構想

  1. 研究の背景
  2. 研究の概略
    1. オホーツク海氷研究の重要性
    2. 取り組むべき研究課題と進め方

     

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1.研究の背景

 高緯度海域に広く分布する海氷が、世界の気候に大きな役割を果たしている事はよく知られている。なかでも、オホーツク海は地球上で最も低緯度に位置する海氷域であり、地球温暖化の影響が最も顕著に現れる場所として、近年特に注目されている。また、オホーツク海は北太平洋中層水の起源水域であり、二酸化炭素の吸収域、高生物生産域など物質循環の見地からも重要な海域である。

 しかし、オホーツク海はこれまで観測が少なく、何故そのような低緯度で海氷が形成・発達できるのか等、基本的な問題でさえ未解決であった。本研究では、ロシアの協力によりロシア船を用いたオホーツク海ほぼ全域の海洋観測、ロシア航空機を用いた冬季の大気海氷観測、砕氷パトロール船「そうや」を用いた水路部との海氷域観測等の各現場観測の実施を中心に、リモートセンシング、モデリングなどの手段を総合し、海氷の消長・変動のメカニズム、海洋循環、物質循環、北太平洋中層水の起源水の生成機構、大気-海洋相互作用、古海洋などを明らかにすることを目的に研究を進めてきた。

 


2.研究の概略

(A)オホーツク海氷研究の重要性

 海氷は、南北両極域をはじめ高緯度海域に広く分布し、その特性から世界の気候に大きな影響を与えている。例えば、(1)海氷は太陽からの放射エネルギーの大部分を反射(高アルベド)してしまうし、(2)大気−海洋間の熱交換を著しく抑制(断熱材の役割)する。また、(3)海氷が形成する際に生成される高塩分の海水は、世界の海洋の深層水の源であり、海洋大循環の駆動源でもある。このように、気候システムに重要な役割を果たしている海氷の特性とその効果について、量的に評価するような研究は、世界的にもほとんどなされていないのが現状である。それは、何よりも海氷域での情報が著しく不足していることによる。

 一方、本研究対象のオホーツク海は、地球上で最も低緯度に位置する季節海氷域である。低緯度の海氷ほど、気候変化に対する応答が速く、また、年々変動が大きい。このため、海氷と気候の相互作用を理解する上、オホーツク海氷は格好の研究材料と言える。オホーツク海氷にはまた、南北両極域海氷と共通するいくつかの特徴がある。例えば、季節海氷(冬発達、夏消滅)という点では南極海の海氷と同じであり、低緯度海氷の成因の一つと言われている、河川水流入による海洋の二重構造は北極海にも顕著に存在する。さらには、北太平洋亜熱帯域に広く分布する北太平洋中層水の起源となる水がオホーツク海にあり、その生成に海氷が大きく関与しているらしいことが指摘されている。

 また、オホーツク海とそれを取り囲む、東シベリア大陸‐北極圏‐北太平洋‐日本のいわゆる「環オホーツク海」は、その地理的配置や低緯度海氷などによる多様な相互作用の存在する、地球上唯一ともいえる特徴的環境にある。従って、その中心に位置するオホーツク海の全体像把握は、今後の地球環境科学研究に重要な役割を果たすことになる。

 

(B)取り組むべき研究課題と進め方

 我々は、次の五つの研究課題を取り上げ、その解明に取り組んできた。これらの課題解決の鍵は何と言っても、ロシア船を用いた海洋観測、ロシア航空機を用いた大気・海氷観測を成功させることが出来るか、にあった。現場観測でカバーできないところは、リモートセンシングやモデリングなどを併用することで補強していくことにした。

 

1)低緯度海氷の特性・消長過程・変動機構

 本研究を開始するにあたり、先ずやるべきは、低緯度海氷の成因の一つと言われてきたアムール河からの淡水流入による海洋二重構造の存在を確認することであった。それは、海氷形成が始まる直前の秋に北西部大陸棚域で実施した海洋観測により実現した。水深30m−50mの層に、極めて強い密度躍層による「海洋二重構造」の存在が初めて確認出来た。この混合層も、秋から冬にかけての大気冷却により、次第に深まっていくが、密度躍層が強く、最大150mまでが精一杯で、それより深まらず、やがて混合層全体が結氷温度になり表面結氷を迎える、というシナリオがクロモフでの観測とその後のPALACE中層フロート観測により明らかとなった。つまり、最初の海氷形成は、海洋混合層の熱がいかに速く大気に奪われるか、つまり海洋から大気への乱流熱フラックスの大きさに依存し、その後の海氷域の拡大はほとんどが風で説明できることが明らかとなった。

 また、オホーツク海氷は風の影響を受けやすいため、静かに厚みを増していくという、熱力学成長よりも互いの氷盤がぶつかったり、重なりあったりの力学成長が遥かにまさっている海域であることが、海氷サンプルの構造解析や係留系氷厚観測により明らかになった。

 

2)北太平洋中層水の起源水の生成機構とその北太平洋流出量評価

 北太平洋中層水(NPIW)は、低温・低塩・高酸素の性質をもち、塩分極小を特徴とする水塊で、北太平洋亜熱帯域の水深300m−800m層に広く分布している。北太平洋では、このNPIWの密度層が海面に顔を出すことが冬でさえ無いことから、近年、この水の起源がオホーツク海にあると指摘されるようになってきた。しかし、オホーツク海のどこで、どのようにして、どれだけの量生成し、そのうち、毎年、どのくらいの量の水が北太平洋に流出しているのか、と言った多くの疑問に何一つ答えられないでいた。

 本研究は、それらの疑問に対して、観測データを基本に、出来るだけ定量的に答えていくことを試みた最初の研究である。それらを明らかにするためには、以下のポイントとなる観測を実施しなければならない。

NPIWの一番の起源といわれている、冬季、北西部大陸棚域の沿岸ポリニアにおける海氷形成にともなって生成する高密度水(pure DSW)の量的評価。

・その高密度水がまわりの水とどのような混合過程を経ながら、北太平洋への出口である、ブッソル海峡まで運ばれるのか。これを理解するためには、オホーツク海における海洋循環の実態、特に、西岸強化流である「東樺太海流」の定量的把握、周囲の水との混合過程などを知る必要がある。

・ブッソル海峡におけるNPIW起源水の流出量評価

 以上の評価のために、我々は、通常の海洋観測(CTD、酸素同位体など)の他、アルゴス表層ブイ・PALACE中層フロートの展開、流速計・CT計係留観測などの現場観測を4年間にわたって実施した。また、最近ロシア漁業局によって取得された観測データの解析、歴史データセットを用いた等密度面解析なども併用して、多角的に調べた。さらに、海洋循環・東樺太海流の駆動機構を明らかにするために、モデルを用いた数値実験などにも取り組んだ。

 

3)物質循環システム

 オホーツク海は、季節海氷域、高生物生産域、北太平洋中層水起源水生成域、アムール河川水流入などの大きな特徴があるため、それらに密接に関連する物質循環システムを評価することは、グローバルな物質循環の理解にも大いに役立つことが期待される。そこで、アムール河口域と外洋の仲介であり、オホーツク海の物質循環に最も重要な「大陸棚」を中心とした観測から、以下のような有機物の循環に関するいくつかの注目すべき知見が得られた。

・潮汐&ブラインポンプの発見

 通常よりも10−100倍も多量の懸濁粒子含有の高濁度均質層が大陸棚底層からサハリン東岸沖の中層にかけて広がっていることが観測された。これは、陸棚上では通常でも多量の上に、潮汐混合が盛んなことにより、海底に堆積した粒子の激しい再懸濁効果が働いたものと考えられる。この高濁度水が高密度ブライン水とともに効果的に南に輸送されたことから、「潮汐&ブライン」ポンプとも呼べる、高緯度大陸棚特有の外洋への輸送メカニズムの存在が明らかとなった。

また、堆積粒子以外の比較的新鮮な有機炭素(溶存態、DOC;懸濁態、POC)の輸送についても調べたが、オホーツク海が、大陸棚で生産される有機炭素を極めて効率的に外洋に運搬する海であることが分かった。

・植物プランクトンブルーム

 植物プランクトンのブルームが始まるタイミングは、これまで言われてきた現場海域での海氷融解だけに規定されているわけではなく、むしろ、アムール河からの淡水流入によって作られる安定な密度成層がより大きく関与していることが分かった。

・アムール河からの陸起源有機物流入

 アムール河では、夏に上流域でモンスーンによる大量の降雨があるので、秋に流量最大という、高緯度河川には珍しい特徴がある。そこで、このアムール河川水流入の、特に、サハリン東部沖における秋季の高い生物生産力への影響について調べた。その結果、アムール河から確かに大量のDOCやPOCの流入はあるものの、前者が海洋ではほとんど分解・除去されず、保存的成分として振舞っているのに対して、後者が保存的性質を示すことなく海洋内部で生成・分解を繰り返しているなど、生物生産力を高める効果も一様でないことが示された。

 

4)大気−海洋相互作用

 オホーツク海は、海氷面積の年々変動が大きことで知られている。海氷が断熱材の役割を果たしていることから、その変動は、海洋から大気への熱フラックスに大きく変化させることを意味している。最近の研究からも、オホーツク海氷の多寡が大気への熱フラックスを大きく変化させ、定在ロスビー波という形でグローバルな大気循環に影響を与えることが示唆されている。しかし、実際のオホーツク海氷域で、海洋から大気への乱流熱フラックスを実測したという例はこれまでに無かった。

 本研究では、海氷域における海洋から大気への乱流熱フラックスの評価を、三つの海域でそれぞれ違った方法で行なった。

・南西部海氷域では、寒気吹き出し時における三点同時ラジオゾンデ観測を、ユジノサハリンスク、砕氷船「そうや」、北海道斜里町の三点で実施した。結果は、30W/m2から300W/m2程度であった。この乱流熱フラックスの変動は、気温と海氷密接度の関数として表されることが分かった。

・南部から中央部にかけての海氷域上3測線で、寒気吹き出し時に、航空機を用いた大気・海氷観測を実施した。樺太沿岸から海氷野を横断し、外洋に至るコースで表面状況に違いによる熱フラックスの変化とそれに伴う大気境界層の発達具合について観測した。

・オホーツク海を取り囲む陸域約10ケ所におけるラジオゾンデ観測データの解析から、オホーツク海氷域の平均的な乱流熱フラックスを見積もった。このデータ解析からも、20W/m2から300W/m2程度であった。

 

5)古海洋環境の復元

 本プロジェクトにおける古海洋研究の最大のねらいは、オホーツク海における海氷分布や生物生産力が大昔はどのようだったのか、その実態を知ることである。海氷変動について、我々が知り得るのは現在の情報だけである。過去の情報は将来予測に大きな力となる。はなはだ不十分ながらもモデルを使用した研究に頼らざるを得ない現状では、海底堆積物コア解析による過去10万年程度の海氷分布変動の復元は、将来予測に有効な情報となる。問題は、海氷勢力の裏付けとなる、信頼のおける「指標」を何にするかということであった。これまで沿岸域から外洋に運ぶ砂やIRD(Ice Rafted Debris)が氷山の流出の指標データ(Proxy Data)として用いられてきた。海氷についても、本研究で実施した、セジメントトラップ実験の結果から、IRDが海氷分布を同定するのに極めて信頼性の高い指標であることが分かった。

 オホーツク海を東西に横断する三ヶ所から採取された海底堆積物コアサンプルのIRD解析結果によると、予想通りではあるが、氷期・間氷期のサイクルに対応して、海氷域の分布が西部から東部へと大きく拡大・縮小していたが、一方では、最終氷期最寒期(過去約2万年前)を除いて、東部は常に海氷の分布しない海域であったことが示された。また、全体的な海氷勢力は、ある一時期を除いて、過去8万年間は、一貫して現在よりはるかに大きな面積を占めていた。

 

                                                           

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