1.研究テーマ

    (1)研究領域        :地球変動のメカニズム

    (2)研究総括        :浅井冨雄

    (3)研究代表者     :若土正曉

    (4)研究課題名     :オホーツク海氷の実態と気候システムにおける役割の解明

    (5)研究機関        :平成9年11月1日〜平成14年10月31日


2.研究実施の概要

  1. 海氷
    1. オホーツク海南部海氷域特性
    2. オホーツク海氷の変動
  2. 海洋
    1. 海洋循環・東樺太海流
    2. 北太平洋中層水起源としての高密度陸棚水生成量の見積もり
    3. ブッソル海峡におけるオホーツク海−北太平洋海水交換観測
    4. 物質循環
    5. 古海洋
  3. 大気
    1. 海氷域における乱流熱フラックスの評価と大気境界層の発達過程
    2. 夏季海洋上における霧の維持機構

     

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「データ空白域」であったオホーツク海の実態把握と、同海における大気−海洋−海氷システムを明らかにすることが本研究プロジェクトの目的である。

そのために、ロシアの協力を得て、今まで進入することさえ不可能であった北西部大陸棚域を含めた、オホーツク海ほぼ全域における本格的な海洋観測や、航空機を用いた海氷域上での大気・海氷観測、さらには、砕氷パトロール船「そうや」による海氷域観測など、いずれもオホーツク海では最初の、「現場観測」の実施によるデータ取得に最大の力点をおいた研究を推進してきた。

本研究プロジェクトは、研究対象が広範囲にわたることから、海洋物理学、大気物理学、雪氷学、地球化学、生態学、古海洋学など、多分野からなる研究者組織で構成され、国内から北海道大学を中心とする関係機関、米国からワシントン大学海洋学部、スクリップス海洋研究所、ロシアから極東水文気象研究所、太平洋海洋研究所、大気観測局などの研究者・技術者の参加により実施された。

 

1−1) 観測の実施

(A)海氷  

 オホーツク海の特徴は、何と言っても海氷が存在することにある。しかし、冬に発達・拡大、夏には消滅してしまう季節海氷であるオホーツク海氷の実態について、例えば、構造、成長履歴、漂流などの基本的なことでさえ、我々のこれまでの知識は貧弱なものであった。そこで、本研究では、北部海域から南下する海氷の終着域である南部北海道沖の海氷域を季節海氷の一つのモデル海域と位置づけ、第一管区水路部との共同で、1996年から毎年2月に、砕氷パトロール船「そうや」を用いた現場観測を実施してきた。このような、同じ海域で同時期に現場観測を継続して実施している例は世界的にもほとんど無く、極めて貴重な観測データセットが得られたものと考えている。中でも、海氷に関して現在最も情報不足である海氷厚については、この海域が漂流する海氷の終着地という特徴を生かして、「そうや」船上からのビデオを用いた面的な情報と北海道沖での1カ所ではあるが係留系観測による時間変化情報の両方から、オホーツク海の少なくとも南部海域における、ここ数年間の海氷厚の実態を把握することが出来た。

 一方、オホーツク海全体の海氷域の変動を定量的に明らかにするために、リモートセンシングの手法を用いたデータ解析にも取り組んできた。特に、毎日取得できるマイクロ波放射計からの海氷データを用いた、高分解能「漂流速度」の導出に成功したことにより、オホーツク海氷をはじめ、北半球全域における季節海氷域の変動機構を解明できたことは大きな成果である。

 1)オホーツク海南部海氷域特性

 海氷のアルベドは、海氷域の熱収支を議論する上で非常に重要な量であるが、オホーツク海氷域はもとより、世界的にもあまり観測例は無い。我々の観測結果によると、オホーツク海氷アルベドは、年による氷況の違いに関係なくほぼ一定値0.64であった。また、各気象要素や氷況観測データ用いて、南西部海氷域全体の熱収支を計算したところ、海洋は熱源になっており、1日あたりの平均海氷成長量は0.5cm以下であり、海氷の現場生産はほんのわずかで、厚い海氷のほとんどは北から運ばれてきたものであることが示唆された。「そうや」に取り付けたビデオによる海氷厚観測結果から、北海道沿岸沖に到達する海氷のうち表面が平らな氷盤については、年による変動はあるものの、平均0.2m−0.6mのものから成っていることが分かった。しかし、これは、あくまで平らな氷盤についてであり、オホーツク海氷の特徴は、南極海氷同様雪を多く含み、さらには氷盤どうしの衝突・重なり合いなど活発な力学過程を経たrafting iceやpressure ridgeなどのいわゆる厚みのある氷盤の割合が圧倒的に多いことなどが挙げられる。これらは、構造解析結果からも明らかであり、また係留観測データからも実際に最高17mのものが捉えられた。 

2)オホーツク海氷の変動

 100km程度、一日以上の時空間スケールでの海氷変動について、リモートセンシングの手法を用いて明らかにすることが出来た。それによると、海氷は地衡風とほぼ平行に漂流しており、季節海氷域の大部分における海氷漂流速度の日々の変動は、風速場の変動によって説明できる。特に、オホーツク海氷は、北半球の中で風力係数が最も大きい海域であることが分かった。

オホーツク海における海氷域面積の年々変動は、北半球の中でも特に大きいが、同海が一定の風速変化の影響を最も大きく受ける海域であることから、その年々変動を、風速の年による違いによって説明できることも分かった。ただ、2000/01年の例のように、通常と異なって、海氷域が海氷の移流速よりも大幅に拡大した年の場合は、単純に風速場だけで説明は出来ず、海洋の影響を大きく受けている可能性が示唆された。

 最後に、海氷の生成域とそこでの生成量の導出を試みた。一般に、活発な海氷生成域と言われる沿岸ポリニアの存在については、漂流速度場から沿岸付近の発散域として検出し、そこで生成する海氷量については、毎日の密接度変化から計算される海氷面積の変化から海氷の移流による変化量を差し引くことによって求めた。その結果、生成量が最も多いのは、北西部のシベリア沿岸域で、樺太沿岸域も同程度の海氷生成があることが分かった。これら沿岸域での海氷生成量は、オホーツク海の全海氷面積を上まわる。一方、海氷域内部では、海氷面積の減少も起きおり、解析結果によると、北西部Shantarskiy Bayでの海氷面積の減少が顕著であった。この面積減少(即ち、収束)は、海氷どうしの衝突・重なり合いなどの力学過程がそこで起こっていることを意味しており、従って、Shantarskiy Bayは、海氷を厚くする場所として重要な役割を果たしている。そこで力学的に厚くなった海氷は、卓越する南への移流によって広がっていくと考えられる。このことは、1)で述べた構造解析や係留による氷厚観測結果と矛盾しない。この海氷域内での海氷面積の減少量だけでも、その合計はオホーツク海の全海氷面積に匹敵する。このことからも、海氷が力学的に厚くなる過程は、海氷面積収支という観点からも無視できないことが分かる。

 

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(B)海洋  

 海洋観測に関しては、オホーツク海のほとんどがロシア領海のため、極東水文気象研究所観測船「クロモフ号」を用いて、今まで侵入することさえ不可能であった北西部大陸棚域も含めたほぼ全域の海洋観測を、1998年から毎年1回季節をかえて実施した。また、2001年には、ブッソル海峡におけるそれまでの観測データが不十分だったことから、そこでの海流再測を試み、オホーツク海−北太平洋間における信頼性の高い海水交換量を評価した。これらクロモフ航海における観測項目は、通常のCTD/採水観測の他、流速計やセジメントトラップからなる係留系観測やブイによる海流観測などにも力を入れた。また、古海洋復元のための海底堆積物コアサンプリングも行なった。


1)海洋循環・東樺太海流   
 海洋循環に関しては、合計17地点における流速計係留観測による「オイラー的」観測と計20基のアルゴス表層ブイや計10数基のPALACE中層フロートを展開することによる「ラグランジェ的」観測とを平行させて実施した。この観測での最大の成果は、これまで流氷の南への運び役として「まぼろしの海流」とされ、その実態が全く不明であった東樺太海流の存在を初めて確認し、深さ1000mにも及ぶ大海流であること、また他には例を見ないような、冬最大・夏最小の極めて季節変動の大きな海流であることなどを明らかにした。
 全体的な循環としては、中央部から北部海域における反時計回りの循環と西岸境界流(東樺太海流)の存在が顕著であり、南部の千島海盆域では弱い時計回り循環が卓越し、その内部に100kmから150kmスケールの高気圧性渦が数個、ほぼ一定の場所に存在する、などの実態が明らかになった。また、太平洋に流出したアルゴスブイのほとんどが、ブッソル海峡を通過したことから、オホーツク海水の北太平洋への流出は、ほぼブッソル海峡を通じて起こっていることが示唆された。
 これら北部の反時計回り海洋循環場は、西岸境界流における密度流効果はあるものの、ほとんどが冬に発達する北西季節風によって駆動されていることが、モデルを用いた数値実験の結果から明らかになった。


2) 北太平洋中層水起源としての高密度陸棚水生成量の見積もり
 北太平洋中層水の起源となる水(26.7−26.9δθ)がオホーツク海で生成すると言われてきたが、その量的実態は不明であった。本研究では、水温・塩分計をつけた係留系観測、プロジェクト前(1995−97)にロシアで得られた水温・塩分データ解析、過去のすべての歴史データを基に作成した当密度面データセットの解析、クロモフ航海における酸素同位体データ解析など多くの異なる方法を総動員して生成量評価に迫った。それぞれの手法に利点・欠点があり、より信頼性ある量の導出にはもう少し検討する必要があるが、現時点では0.2−0.7Svと見積もられ、方法による違いもあるが、それ以上に年による違いの大きいことが示唆された。


3)ブッソル海峡におけるオホーツク海−北太平洋海水交換観測
 海峡における3ケ所での2年間にわたる流速計係留観測では、回収には成功したが、初めての観測であったこともあり、予想をはるかに越える強烈な潮流のため、充分満足できるデータは取得できなかった。この強力な潮汐流の影響を最小限にするため、係留方式でなく、降下型音響ドップラー流速計を用いた観測を改めて実施した。この方式の場合、観測時期(2001年9月)は限定されてしまうが、潮汐の影響も考慮した、より信頼性の高い交換量を評価できるという利点がある。
 観測結果から、海峡を通して、全体的には約9Svのオホーツク海水が太平洋に流出していることが分かった。また、この流出水と同じ性質の等密度水塊が北海道沖で3ケ月後に観測されており、北太平洋中層水の起源となるオホーツク海水が北海道沖まで達していることが初めて観測で確認された。従って、今後の北太平洋中層水の定量的見積もりに今回の結果は非常に重要である。


4)物質循環
 北西部大陸棚域で生成する高密度陸棚水の流出に伴って、大量の高濃度有機炭素が、外洋の中層に直接運び込まれることが明らかとなった。また、懸濁粒子有機炭素の炭素同位体比の測定から、外洋中層に運び込まれる有機炭素の起源が、実際に大陸棚上で生産された有機物であることも証明された。オホーツク海における大陸棚から外洋への有機炭素の輸送効率は、他の大陸棚域と比べて著しく高く、海氷ブラインによって形成される高密度水の流出という季節海氷域特有のメカニズムが、沿岸-外洋系の物質循環過程に大きな影響を及ぼしていることが初めて明らかとなった。
 オホーツク海は、世界で最も基礎生産力の高い海域の一つとしても知られている。セジメントトラップ実験から、特に西部海域の生物生産は、アムール河からの淡水供給にコントロールされていることが分かった。これは、衛星マルチセンサーリモートセンシングのデータ解析結果とも一致している。しかし、アムール河自身の観測をしていないので、詳細は分からない。


5)古海洋
 得られた海底堆積物コアの解析から、オホーツク海における古海洋変動を初めて明らかにした。例えば、オホーツク海の生物生産力、特に珪藻の生産は、氷期に低く間氷期に高い、極めて規則的な変化を示したが、これは氷期における海氷の拡大やアムール河からの栄養塩の流入の減少によって生じたものであると考えられる。セジメントトラップ実験から、IRD(Ice Rafted Debris)は、確かに海氷の融解のシグナルであることが分かった。そこで、IRDに見られる海氷の分布は、現在より氷期に大きく、ミレニアムスケールで変動していたことがわかった。また、融氷期に大陸棚から外洋への大規模な物質運搬イベントがあったこと、融氷期−完新世前半(現在よりも温暖期)には、円石藻類が大繁茂し、現在と違う生態系にあったこと、などが分かった。
 

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(C)大気

 

 海氷の形成量にも密接に関連する、海氷域における海洋から大気への乱流熱フラックスを線的に評価するために、寒気吹き出し時に航空機観測を実施した。オホーツク海氷域では初めての沿岸域から氷縁域を越えた外洋域までの乱流熱フラックスの実測データを得ることに成功した。

 一方、毎夏梅雨期に発達するオホーツク海高気圧の下層に出現する霧の発生・維持機構を明らかにするためのラジオゾンデ観測も「クロモフ」航海中に実施した。

 

1)海氷域における乱流熱フラックスの評価と大気境界層の発達過程

 航空機観測は三つの海域で行なったが、いずれの場合でも、沿岸から海氷域に入ると、大気は海氷面から、値は小さいが顕熱・潜熱を既に受け取っており、顕熱フラックスの方が潜熱フラックスよりやや大きいことが分かった。注目すべきは、風下における開水面(リード)の存在に対応して、顕熱・潜熱共に急激に増大したことが観測された。同時に、海氷上では、既に気団変質が始まっていることも分かった。衛星画像から、海氷上で既に雲が発生していることが確認されており、これは風上の海氷域で乱流熱フラックスがある程度供給されていることを示しており、それが証明された。また、リードの存在は、海氷域での結氷を促進すると同時に、風下の海面結氷を減速させる可能性もあり、本航空機観測では、気団変質におけるリードの役割について調べた。上流の海氷域では大気は海氷によって冷却されていたが、幅が数km以上の開水面のところで顕熱・潜熱フラックスはそれぞれ50W/m2を超え、大気は急激に加熱された(このことは、逆にそこで激しい海面冷却・海氷生成が起こっていることを示唆している)。この大きな乱流熱フラックスは、結果として、凝結を伴う対流による大気境界層の発達(厚さ)を引き起こすことになる。

 以上の結果は、海氷形成に極めて重要な海面冷却には、個々のリードの幅だけでなく、積算された開水面積および気団変質による大気境界層の変化を考慮する必要のあることを示唆している。

 

2)夏季海洋上における霧の維持機構

 幸いにも、オホーツク高気圧内部領域で初めての各気象要素鉛直プロファイルの時間変化を捉えることができた。それらの観測結果から、オホーツク海高気圧下層には霧が発生し、霧による放射冷却過程、低温の海水温及び霧による日傘効果の相互作用によって、下層に寒冷な高気圧が形成維持されることなどが示された。また、オホーツク海の夏は、北の方が南より気温の高い(シベリア大陸高温、太平洋低温)分布をしており、その南北温度勾配が大きい程、オホーツク高気圧が発達することなども明らかになりつつある。

 

(本研究プロジェクトは、多くの課題に取り組む研究者で構成されてはいたが、すべての課題が、共通の大きな枠(観測によるオホーツク海実態把握)内のものであったことから、一つの観測グループに集中して研究を展開してきた。そのため、以上のように特別に区別せずに書いた)

 

                                                                                                                                                                                                                    

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