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海氷が導く熱・塩・物質のグローバル輸送
(文部科学省 科学研究費 基盤研究S: 2020-2024年度)
研究代表者:大島慶一郎 (北海道大学・低温科学研究所・教授)

What's New !

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  • 2021/06/06: 猿払にてトド2個体にバイオロギング観測を実施(三谷)
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  • 2021/03/29: オホーツク海の海氷融解がもたらす高生物生産の解明、プレスリリース(岸・大島)。[詳細]
  • 2021/03/08: オホーツク海紋別沖でガリンコ号傭船観測実施(大島・西岡)
  • 2020/09/01 : 本基盤研究Sが採択される。

本プロジェクトの公表用資料
本プロジェクト作成のオンラインデータセット
研 究 組 織
大島 慶一郎 北海道大学 極域海洋学 総括, 観測・衛星データの結合解析
深町 康 北海道大学 海洋物理学 係留系データの解析
西岡 純 北海道大学 海洋化学 海氷による物質循環の観測・解析
二橋 創平 苫小牧工業高等専門学校 海氷リモセン 衛星海氷プロダクトの作成
三谷 曜子 京都大学 海獣バイオロギング バイオロギング観測
田村 岳史 国立極地研究所 海氷リモセン 南極域観測, 衛星観測との連携
真壁 竜介 国立極地研究所 生物海洋学 海氷融解と生物生産の関係の観測
羽角 博康 東京大学 海洋物理学 モデリングとの融合研究
専 属 研 究 ス タ ッ フ
特任助教 Mensah Vigan 海氷融解量データセット作成, 南極底層水の解析
博士研究員 久賀 みづき 海氷生成・漂流・融解シミュレーション
学術研究員 吉成 浩志 南大洋のデータセット作成
技術補佐員 北川 暁子 プロジェクトのコーディネーション, 研究補助
研 究 協 力 ス タ ッ フ
木村 詞明 東京大学特任研究員 衛星海氷漂流データの作成と解析
柏瀬陽彦 苫小牧工業高等専門学校特命助教 長期衛星海氷プロダクトの作成
伊藤優人 国立極地研究所特任研究員 海氷を介する物質循環の観測
中田 和輝 宇宙航空研究開発機構研究開発員 衛星海氷アルゴリズムの開発
Alexander D. Fraser University of Tasmania 研究員 南極定着氷データの作成と解析
研究が関係している学生
小松 瑞紀 北大大学院博士課程2年 南大洋の海氷融解量マッピング
本田 茉莉子 北大大学院博士課程1年 オホーツク海の海氷融解とその影響
林 大祐 北大大学院修士課程2年 南極沿岸起源海氷の行方
永瀬 絵理 北大大学院修士課程2年 南極ポリニヤでの熱塩収支
町田 柾志 北大大学院修士課程1年 ケープダンレーポリニヤでの海氷・海洋変動
大嶋 護 北大大学院(R4年卒) ADCPから計る物質循環
池田 未歩 北大理学部(R4年卒) ラブラドル海の海氷融解量変動
岸 紗智子 北大大学院(R3年卒) オホーツク海氷融解期の生物生産
峯 康太 北大大学院(R3年卒) 南極沿岸ポリニヤでの混合層過程

研究の概要
    海氷は、ある場所で生成し別の場所で融解すると、熱と塩(淡水)を輸送することになる。この熱の輸送は気候形成にも寄与し、塩輸送によっては重い水を生成することで中深層循環を生み出す。海氷による淡水(塩)の輸送が変化すると、中深層水が変質し熱塩循環に変化を及ぼしうるが、定量的な議論には至っていない。本研究は、海氷による熱・塩の全球規模での輸送を明らかにする目的で、今まで作成されたことのない、海氷生産・融解量の全球データセットを、衛星マイクロ波放射計データを中心に用いて、過去45年間分作成する。海氷生成量に関しては、代表者らが蓄積してきた高海氷生産域である主要な沿岸ポリニヤでの係留系データを比較・検証データに用いる。融解量に関しては、漁船の傭船観測やバイオロギング観測による塩分プロファイルを検証データに用いる。これらのデータセットから、現在起こりつつある底層水や中層水の変質と海氷による熱塩輸送の関係を明らかにする。さらに、海氷生成時に鉄(Fe)を含む堆積物が取り込まれ、海氷融解時に放出されブルーミングを誘起する、といった海氷を介しての物質循環のプロセスを明らかにすることも目的である。
(1) 学術的背景
   大気と海洋の循環は、太陽放射により加熱された低緯度から、地球外への長波放射により冷却された高緯度に熱を輸送するために生ずる。大気と海洋の低緯度から高緯度への熱輸送量は同程度と見積られている。大気と海洋の循環は淡水(塩)の循環も伴う。暖かい低緯度では蒸発が降水より大きく、高緯度は降水のほうが大きいので、淡水は大気を通じて低緯度から高緯度に運ばれ、海洋はその分逆に淡水を低緯度へ戻す役割を持つ。このように大気・海洋の循環は、熱と淡水(塩)の南北輸送と表裏一体であり、その観点で長年にわたって数多くの研究が行われてきた。しかし、今まで海氷による熱や淡水(塩)の輸送を全球的な視点で見積った研究はなかった。海氷の融解に必要な潜熱は同じ量の海水を約70℃暖めるのに相当する熱量になる。例えば、ある場所で1mに成長した海氷が別の場所で融解すると、海洋10m層では7℃、大気全層では27℃分に相当する熱量が輸送されたことになる(図1左側)。全球平均でみると、大気や海洋に比べると、海氷による熱の南北輸送は1-2オーダー小さいと予想されるが、多量の海氷が南へ輸送されるようなオホーツク海では、海氷による(負の)熱輸送が、北海道東部の寒冷気候の原因の一つになっている(Ohshima et al. 2003)。


図1: 海氷を介した熱・塩(淡水)・物質(鉄/Fe等)のグローバル輸送の模式図

   海氷による淡水(塩)の輸送はさらに本質的である。海氷は、結氷する時に高塩分水を排出し、移動して、融解する時に淡水を供給する、という淡水(塩)の再配分を行う。結氷域では、高塩分水により重い水が生成され、それが海洋深層まで及ぶ密度差による(熱塩)循環を駆動する(図1)。高海氷生成域である南大洋で生成される南極底層水は、全大洋の底層に拡がり、全海水の30-40%をも占める(Johnson 2008)。北半球ではオホーツク海北西部に最大の海氷生産域があり(図2)、そこで一番重い水が作られる(Shcherbina et al. 2003)。この水は深層までは及ばないが北太平洋全体の中層(200-1000m)へと潜り込み、北太平洋の中層(鉛直)循環を形成する。海は莫大な熱容量を持つため、重い水の沈み込む量や場所の変化が熱塩循環を変え、その結果として地球気候が激変したことが過去地球の歴史から示唆されている。現在進行する温暖化のもとでも、海氷による淡水の輸送が変化したために、中深層水が変質し、熱塩循環に変化を及ぼすことを示唆する研究もあるが、定量的な議論には至っていない。
   海氷による熱・塩の輸送を評価するには、①海氷生産量 ②海氷融解量の2つを押える必要がある。①海氷生産量に関しては、代表者らは人工衛星データを駆使して高海氷生産域である沿岸薄氷域 (沿岸ポリニヤと呼ばれる海域:図1) を検知し海氷生産量を見積るという手法を開発した(Tamura et al. 2008; Tamura & Ohshima 2011)。その手法を用いて世界に先駆けて海氷生産量のマッピングを行い、昭和基地東方ケープダンレー沖に異常に海氷生産量が大きい海域を見つけ(図2)、未知(第4)の南極底層水生成域の発見に繋げた (Ohshima et al. 2013)。しかし、②海氷融解量に関しては量的に見積る研究はほとんど行われておらず、全球視点での海氷による熱塩輸送量はわかっていない。
   海氷は物質循環にとっても重要であることが最近の研究から示唆されてきた。海氷融解域では、ブルーミングという大規模な植物プランクトンの増殖が生ずるが、それは海氷からの鉄等の微量栄養物質の放出によるという説が有力になっている(Kanna et al. 2014; 2018)。しかし、どのようにそれらの物質が海氷に取り込まれるかはよくわかっていない。当研究グループは、ポリニヤなどの強い冷却域では、海中で海氷が効率よく生成されると同時に、対流が海底まで達し、海底で巻き上がった鉄(Fe)を含む堆積物がこの対流によって表層近くまで運ばれ、海氷に接触して取り込まれることを提案した(図1右側: Ito et al. 2017; 2019)。このように海氷は物質循環とそれに伴う生物生産にも大きく寄与すると考えられるが、上記のプロセスはまだ仮説に過ぎない。


図2:海氷生産量のグローバルマッピング: 年間生産量(厚さに換算)をシェードで示す.
(a) 南半球:南極沿岸の点線で囲まれた海域から南極底層水が生成される. Nihashi & Ohshima (2015)を加筆・修正. (b) 北半球:Iwamoto et al. (2014)及びOhshima et al. (2016) を加筆・修正.

核心をなす学術的「問い」
   海氷による熱・塩の全球規模での輸送については観測データからの定量的見積りは今まで全くなされていなかった。海氷による熱・塩の輸送量は全球的にどうなっているのか? 海氷の輸送が特に効いてくる海域はあるのか? それはどう海洋熱塩循環に効いてくるのか? 本課題はこれらの問いに答えるためのものであり、全球での熱や水の循環・輸送という、地球システムの根幹に関わる課題に欠けていた部分を埋めるものである。さらに、近年の地球温暖化のもとで、海氷による熱・塩輸送がどう変化しつつあるのか? それが中深層水や熱塩循環に変動を引き起こしつつあるのか? 本課題はこれらの問いにも答えるものであり、地球の気候変動予測の基礎的理解にも繋がるものである。さらに、海氷の生成・融解は物質(鉄等)の輸送を伴うがそのプロセスはいかなるものか? この物質循環・生物生産に関わる問いに対する課題でもある。
(2) 研究目的及び独自性・創造性
   今まで見逃されていた、海氷による熱・塩の全球規模での輸送の定量化のために、海氷の生成・融解の過去45年間の全球データセットを作成する。大気に関してはヨーロッパ連合のECMWF、アメリカの NCEPなどの客観解析データが整備されており、海洋に関してもWorld Ocean Databaseという強力なデータセットがあり、標準プロダクトとして研究者はもちろん、様々に利用されている。一方、海氷に関するデータセットは衛星観測による海氷密接度データ(衛星ピクセルに占める海氷面積の割合)のみしか存在しない。海氷の物理量の中で、海氷生成・融解に伴う海洋・大気への熱と塩のフラックスは最重要因子でありながら、見積りの困難さから、そのデータセットは今までなかった。その作成にチャレンジするというのがこの課題のメインテーマである。
   このようなデータセット(HPを介して公開予定)ができると、今までモデルでしか議論できなかった、海氷変動に伴う中深層水や熱塩循環の変動をデータから議論できる。海洋データからは、オホーツク海を起点とする北太平洋規模の中層(鉛直)循環の弱化(Nakanowatari et al. 2007)や、南大洋での大規模な中層水の変質が報告されており(Wong et al. 2006; Helm et al. 2010)、海氷による淡水(塩)輸送の変動が原因ではないかという議論がある(Haumann et al. 2016)。さらに、IPCCの評価報告書(Rhein et al. 2013)では、南極底層水が顕著に高温・低塩化していること、つまり南極底層水生成の弱化が示唆され、全球規模の深層循環が変化する恐れが示唆されている(Purkey and Johnson 2012)。これら地球規模の熱塩循環の変動の可能性に対して、本データセットによって、海氷による淡水(塩)輸送の効果を初めて定量的に議論できる。また、本データセットは、気候モデルや海洋・大気モデルに対して、海氷過程の再現性の最良の検証データとなる。さらに、気候・海洋・大気モデルに、このデータセットを境界条件として用いると、いまだ再現性に難のある海氷モデルを入れなくても、適切にモデルを駆動することができる。
(3) 研究方法
   海氷生産量に関しては、代表者らは衛星マイクロ波放射計データを駆使して高海氷生産域である沿岸薄氷域(沿岸ポリニヤ)を検知し海氷生産量を見積るという手法を世界に先駆けて開発した。しかし、全球を対象としたものではなく、期間もマイクロ波AMSRセンサーのある2003年以降が中心となっている。本研究では、過去4代にわたるマイクロ波センサーによって1978年から取得されている衛星データに対して、全球に汎用性のある海氷生産量のアルゴリズムを開発し、45年間のデータセットを作成する。アルゴリズムの比較・検証データには、代表者らが蓄積してきた南大洋・北極海・オホーツク海の沿岸ポリニヤでの係留系データを用いる。
   一方、今まで行われていなかった海氷融解量分布をグローバルに見積るのは大きなチャレンジである。衛星マイクロ波放射計データを中心に、高精度海氷漂流ベクトルデータも用いて、衛星ピクセル内での海氷面積の減少、発散量、熱収支を組み合わせて見積ることを想定している(草分け研究はTamura et al. 2011; Nihashi et al. 2012)。南大洋や北極海の研究から、海氷融解量はピクセル内の開水面から入った熱量(主に日射による)とよい対応があることが示されているので(Nihashi & Ohshima 2001; Kashiwase et al. 2017)、熱収支も主パラメータに入れて融解量を推定する。これらを使ってのアルゴリズム作成には、多数の現場比較・検証データが必要となる。海氷融解量は、海氷融解直後の海洋プロファイルデータ(表層にできる低塩分層)から見積る。データとしては、船舶やフロートによる観測の他、バイオロギング(アザラシ・トドに測器を付ける手法)観測(Nakanowatari et al. 2017)によるデータも用いる。
   海氷による鉄等の物質輸送に関しては、プロセス自体がまだよくわかっていないため、グローバルデータを作成する段階にはない。本課題では、集中観測海域を設け、プロセス解明への知見を深める。ターゲット海域は、オホーツク海南部と南極沿岸域の2海域とする。オホーツク海では、海上保安庁の協力による砕氷船「そうや」の他、砕氷船「ガリンコ号」や漁船のチャーターにより、海水サンプリングや海水諸成分の集中観測を行い、海氷を介する物質循環と春の植物プランクトン大増殖の関係の解明をめざす。南極沿岸域では日本南極地域観測と連携して、「しらせ」をプラットフォームに海氷サンプリングや漂流系観測から、海氷を介する物質循環と生物生産の関係の解明をめざす。(注:コロナ禍により、ターゲット海域を当初の北極沿岸域から南極沿岸域に変更)
期待される成果と意義
   作成する海氷生産量データセットからは、①南極底層水の生成量の減少、②オホーツク海及び北太平洋の中層水の潜り込み弱化、③ベーリング海における深層水形成(Warner & Roden 1995)、との関係、海氷融解量データセットからは、④南極中層水の低塩・低密度化との関係等、全球規模の熱塩循環に関わる中深層水の変動と海氷生産・融解の関係が明らかになることが期待される。また、世界初となるこれら全球データセットは、公開することで、様々なモデルの比較・検証・境界条件データに利用されることが想定される。これらにより、わかっていなかった海氷生成・融解の変動による気候変動プロセスの理解が一気に深まると考える。一方、海氷の結氷・融解に伴って生ずる物質(鉄)輸送プロセスの解明が進み、将来的にその知見が海氷生産・融解量データセットに関係づけられると、海氷による物質のグローバル輸送の理解へ繋がる。

参考論文

代表者は紫色, 分担者は紺色, PD., 協力者は水色, 学生は緑色で示してあります。

本研究課題の主な研究成果(研究論文)

代表者は紫色, 分担者は紺色, PD., 協力者は水色, 学生は緑色で示してあります。