北海道大学低温科学研究所付属
流氷研究施設外部点検評価報告

平成11年3月

将来計画

1. 初めに

 前節で述べた如く、海氷研究の重要性が増していることには疑いが無い。 また、その中でオホーツク海が海氷研究のフィールドとして価値が高いことも前 節で検討したとおりである。問題は、その中で、流氷研究施設がどの様な役割を 果たすことができるのか、また、そのためにはどのような形態が望ましいのかを 検討したい。特に近年、人工衛星が海氷の研究に占める割合が大きくなっている 中で、現場基地としての流氷研究施設がどのような意味を持ち得るかが問題であ る。

 また、これまで流氷研究施設にとって、流氷レーダーの存在が大きかった。 流氷レーダーあっての流氷研究施設と言うように見られてきたのも事実である。 流氷研究施設の将来を考える上で、流氷レーダーの位置付けは避けてとおれない 問題である。ここではまず、流氷レーダーについて検討し、その後でレーダー以 外について考えることにしたい。

2. 流氷レーダーの意義と将来

 流氷研究施設のレーダーは世界初の流氷レーダーであり、地球科学におけ る観測手法として日本が世界をリードした珍しく、貴重な例の一つである。当初、 レーダー画像と実際の海氷の状態との比較研究を始めとして利用が盛んであった が、最近は学問的な利用は活発とは言えない状態である。その原因として考えら れるのは、

  1. レーダーがオホーツクの海氷の、ごく一部分しか捕らえられない、
  2. 人工衛星による観測が主流となってきた、
  3. 海氷に関する研究分野の広がりに対して研究者の数が追いついていない、

等の理由が考えられる。特に、人工衛星は、それまでレーダーの最大の特徴 であった海氷分布を2次元的に捕らえると言う能力をはるかに拡大したかたちで 持っており、流氷レーダーの存在意義に疑問を投げかけるものとなっている。

 一方、流氷レーダーは学問的利用にとどまらず、漁業、海運、観光などに 貴重なデータを提供しており、社会的な役割は依然として大きい。流氷レーダー の果たす役割が衛星など他の手段で代替出来ない限り、その廃止は地域社会に大 きな影響を与える。

 この様な視点から、人工衛星時代の流氷レーダーの意義について検討する。

 現在、気象レーダーのデータは毎日、海上保安長水路部や気象庁に送られ、 海氷情報に利用されているほか、北海道大学のホームページに掲載され、当ホー ムページの一つの目玉になっている。現在は1日1回の更新であるが、技術的には もっと頻繁な更新も可能である。この機能を衛星で代替するためには、少なくと も一日一回の時間分解能と、150m程度以上の空間分解能が必要である。

 現在稼働中の衛星の中で、もっともこの要求に近いのがカナダ宇宙機関 が1995年11月に打ち上げた人工衛星RADARSATである。名前の通り、マイクロ波レー ダーによってアクティブに海氷を観測するもので、原理的には流氷レーダーと同 じ(波長も)である。この衛星の観測により、2日に一回の割合で、流氷レーダー を上回る空間分解能 (最高10m) の海氷分布が得られる。

 しかし、現在のところ、この衛星により流氷レーダーの社会的役割を代替 することは出来ない。空間分解能は要求を十分に満たしているが、2日に一回と いう時間分解能は必ずしも満足の行くものではない。より問題なのは、データを 得るのが最低3日後になることである。この衛星は業務的観測を視野に入れたも ののようであるが、現行のものはまだ試験段階、または研究用の色彩が強く、デー タ配給の体制などが整備されていない。この衛星の後継機種は2002年に打ち上げ の予定であり、観測の継続性は確保されそうであるが、データ配布体制の整備に 関して具体的な動きは見えていない。

 しかしながら、技術的には毎日流氷レーダー以上の空間分解能の海氷分布 を衛星によって観測するのは不可能ではなくなりつつあり、体制も含めて業務的 な使用が可能になるのも時間の問題であると言える。

 この様な状況において流氷レーダーの存在意義はなんであろうか。第一に 衛星観測の現場検証であり、第二により高い時間分解能を利用した研究である。

 REDARSATによる観測でも、高い精度での海氷の情報、例えば凹凸度、積雪 量、塩分(誘電率)などの情報を得る事はほとんど不可能である。特に、オホー ツク海のような全般的に薄い、そして複雑な海氷域における衛星情報は、まだま だ不十分で今後改善すべき点が多い。その衛星情報を改善するためには、複雑な 海氷域での検証実験が有効である。流氷研レーダは、オホーツク海の中でも最も 複雑な、南部の海氷の情報を提供してきた。そのため、今後の衛星観測発展のた めに、流氷研レーダが大きな役割を果たすことが期待できる。

 しかも、海氷の状態は時事刻々と為、検証実験は衛星との同期が必要であ るが、2日に一回という衛星の観測周期を考えると同期は容易ではない。さらに、 多様な海氷の状態と衛星のデータを比較する為には統計的解析が必要であるが、 その為には数多くの検証実験データが必要である。その点、流氷レーダーの観測 は連続的であるので、流氷レーダーを仲介することにより、現場検証が容易にな る。また、流氷レーダーと衛星の合成開口レーダーは基本的な原理が同じであり、 対応が取りやすい利点もある。しかし、その為にはこれまでの様に画像で比較す るのではなく、流氷レーダーのデータをデジタル化し、数値として比較する必要 がある。

 第二の時間分解能の問題に関しては衛星が近い将来、流氷レーダーの域に 達することは考えられない。この利点はこれまで十分に生かされてきたとは言え ないが、他に得難いものである。例えば、海氷分布や状態の日変化が地域の気象 や沿岸の生態に与える影響は少なくないと考えられるが、流氷レーダーのデータ はこれらの研究に大きな助けになると思われる。

 特に高い時間分解能は海氷の運動の研究には貴重である。現在、地球温暖 化等の気候変動予測のためには海氷のモデリングが一つの鍵であると認識されて いる。その中でも海氷の運動、海氷同士の相互作用をどうモデル化するかが問題 の焦点になっている。その研究の為には海氷の運動を詳細に調べることが出来る 流氷レーダーの意義はむしろ高くなってきていると言える。

 しかし、現状の流氷レーダーは建造以来、本質的に改良されておらず、そ れ以降のレーダー技術の発達が反映されていない。例えば気象レーダーに利用さ れているドップラー効果を利用した反射物体(この場合は海氷)の運動の観測や 偏波の利用などは流氷レーダーによる観測に新しい局面を開く可能性があるとと もに、衛星観測の先行試験としての意味もある。また、現在のレーダーは2次元 的な走査で観測するため上下方向の指向性が広く、その為分解能などが犠牲になっ ている。指向性を狭くして3次元的な走査をすることにより観測を改善すること も可能性がある。前述のレーダーデータのデジタル化も必要な改善である。

3. 研究施設の運営

 前述の様に、気候変動が注目されるに伴い海氷研究の重要性は増している し、生物の分野からの関心も高まっている。海氷域の沿岸に位置し、まさに海氷 を目の前にして研究することができる研究施設の意義は大きくなっている。しか し、研究分野の広がりにつれ、研究施設の少数の研究者だけではカバーしきれな いことは疑問の余地が無い。

 現状でも共同利用施設として利用の希望は内外から少なからずある。しか し、海氷を対象とした研究は短期間の施設の利用だけでは困難なことも確かであ る。一方、施設の研究者は観測に有利ではあるが、研究者のコミュニティーから は孤立しがちで、学問的刺激が乏しくなるきらいがあり、各種の情報のアクセス にも不利である。

 これらの点を考慮すると、いろいろな分野の研究者が数年ずつ研究施設に 所属して研究に従事するシステムが最も適当であると言える。また、時限的なプ ロジェクトを設定し、それに沿った研究者の配置を中心とすることも考えられる。

 また、流氷レーダーにはまだ十分存在意義があるとしても、それだけに頼 る訳には行かない。特に海氷の研究の為には海氷の中に入って行く必要があるが、 現在日本には砕氷能力のある観測船が無いことが研究の進展を妨げている。この 様な観測手段の充実を計って行く必要がある。

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