北海道大学低温科学研究所付属
流氷研究施設外部点検評価報告

平成11年3月

海氷研究の重要性

1. 海氷と地球環境の関わり

(1) 海氷と大気の大循環 −地球のエアコン−

 地球は現在生命が存在する唯一の惑星である。それは地球が太陽からの適 当な距離にあり、海水と大気で包まれているためである。さらに重要なことは、 この大気と海洋の循環によって地球の気候が維持されていることである。

 海氷は、この大気、海洋の循環に深く関わっている。

南極 北極

地球の冷源

 大気は温度の差を少なくするように運動する。すなわち、熱帯(地球の熱 源)と極地(冷源)の温度差が大気を動かす駆動力となる。海氷は地球の冷源を 維持する役割を担っている。

 極地では低緯度地帯に較べて太陽高度が低い。そのため単位面積が受ける 太陽エネルギーは もともと低緯度よりも少ない。その上、太陽光線が大気中を 通過する距離(光路:光が通過する空気のトンネルの長さ)は低緯度よりも長く、 空気中の水蒸気、炭酸ガス、アエロゾール(塵)などによって散乱、吸収される 量も多いため、地面に達するエネルギー量はますます少なくなる。極地の受ける 太陽熱はもともと少ない。

 しかしこれだけでは極地の寒さを説明できない。ここに海氷存在の意味が ある。海氷は極地を地球の冷源域とし、大気循環の駆動力を生みだしている。そ の理由は何であろうか。

太陽光線

海氷は熱の反射板

 世界の海の7割は海である。この海の約1割が海氷で覆われる。黒い物体 は光を吸収しやすく、白いものは光を反射しやすい。海氷は海を覆う白く輝く物 体である。

 青い海に達した太陽エネルギーの90%は海水に吸収される。ところが海 面が海氷に覆われると、逆に、その80〜90%を宇宙空間に反射してしまう。 この結果、それに接する大気の温度、すなわち、気温も暖まらない。海氷は太陽 光線の有効な反射板となって寒気を維持するのである。

反射

海氷は海のフタ

 寒気が如何に厳しくても、海氷の下ははるかに暖かい海水で満たされてい る。しかし 海氷が海を覆うと海水から大気への熱の流れが遮断される。このた め海氷原の気温は暖まることができない。海氷は海を覆う海のフタである。これ もまた極地の寒気を増大させる原因となる。

フタ

海氷ある限り 冷たい海

 夏、極域の太陽高度は高くなる。海は比較的大量の太陽エネルギーを受け て融け始める。しかし海氷が残っている限り、海水温度は零度以下に保たれる。 太陽熱のすべてが海氷を融かすためだけに消費(潜熱)されるからである。

 その結果、氷海域の気温は夏になっても暖まらない。

冷たい海

 海氷は、太陽光線の反射板、海のフタ、潜熱効果によって氷海域を寒冷に 保つ。すなわち、海氷は 低緯度地帯の熱源に対して地球の冷源を維持すること によって、地球規模の大気の循環を生みだすのである。

 海氷勢力の消長は、大気の運動、ひいては気候変動に関わっていく。気象 学的面の海氷研究の意義はここにある。

(2) 海洋の大循環、熱の大型輸送車

 海氷は大気の循環 のみならず 海洋の運動にも関わっている。

海氷と海水の鉛直混合

 秋以降、海水は対流を繰り返しながら冷えていく。寒気の激しい極域の海 では、結氷以前にかなりの深さまで鉛直混合が行われている。結氷開始後、この 混合はさらに発達する。

 海氷を融かした水の塩分は、元の海水の数分の1である。海氷は海水中の 塩類を排除しながら成長するからである。では、排除された塩水はどこへいくの か。この塩水は、低温、低塩分で重(高密度)いため海中深く沈む。

 この海氷から排出される高塩分水はブライン(濃縮塩細胞)とよばれる。 沈降したブラインと入れ替わりに、下層の水が浮き上がる。すなわち、海水の鉛 直混合を生みだす。氷海域では、冬の寒気と海氷生成に伴うブラインの排出によっ て独特の水塊構造がつくり出される。

 海氷生成に伴う海水の鉛直混合は、上下の熱の交換だけではなく、下層に 沈んだ栄養塩類を浮上させる役割もする。栄養塩のリサイクルである。これは後 に述べる海洋生物の生産に関わってくる。

ブライン

地球を巡る深層流

 極海で沈んだ 冷たく塩分の濃い水は深層水となる。やがてこの水は、深層 流となって熱帯に向かう。入れ替わって熱帯の暖かい表層水は極域へ流れる。世 界の海水の大半がこの深層水なのである。

 こうして地球規模の海水の流れ、海洋の大循環が維持される。この一循環 には2、3千年を要するといわれる。この流れは極めて緩やかであるが大量の熱 を運ぶため地球の気候形成に大きな影響をおよぼすことになる。

 また、この冷たい深層水の循環は、地球の温暖化を抑制し、炭酸ガスの吸 収体となって温暖化ガスの急激な増加を緩和する。

 地球環境予測のための海氷研究の重要性はここにある。

対流 深層水

(3) 海氷と海洋生物の環境

氷海と海洋生物

 海洋生物の食物連鎖の基礎は植物プランクトンである。植物プランクトン は、海水に溶けているケイ酸塩、リン酸塩、硝酸塩などの栄養塩を摂取して増殖 する。これら海水中の栄養塩類は、陸の畑の肥料にあたる。

 植物プランクトンはクロロフィルとよばれる色素によって光合成を行って 生きている。このために海洋の植物の繁殖は、充分な太陽光線が達し、栄養塩の 供給が途絶えない比較的浅い層に限られる。

 低緯度の海の表層は光合成に必要な光量は十分であるが、温められて軽く 下層の水との混合は起きにくい。成層が発達するのである。そのため栄養分は消 費されるだけで供給が追いつかない。だから、太陽光線が充分であっても、植物 プランクトンの増殖は限られてしまう。

栄養塩のリサイクル

 これに対して氷海では、冬季の表層水の冷却、海氷の生成に伴うブライン の排出、沈降によって海水の鉛直混合が発達する。このとき海底に沈んでいた栄 養塩の浮上、すなわち、栄養塩のリサイクルが行われる。

 また、海氷下の太陽エネルギー量は、光合成を行うには充分であることが 知られている。

 氷海は、豊かな栄養塩、充分な光環境を備えており、植物プランクトンの 生息に適した海なのである。

ブライン2 カニ

世界の好漁場

 海の豊かさ(基礎生産力)は植物プランクトンの量できまる。オホーツク 海、三陸沖、ベーリング海などにみるように 氷海およびその周辺海は植物プラ ンクトンが豊富な海である。

 世界の好漁場が すべて結氷する海やその隣接海域にあるのはこのためであ る。

海氷はプランクトンの住みか

 植物プランクトンは海の生きものの食物連鎖の基礎となり、その量は基礎 生産力として海の豊かさの指標とされる。海氷の存在と植物プランクトンとはい かなる関係をもつのであろうか。

 近年、海氷と海洋生物環境の観測が盛んに行われるようになった。海氷の 底部や下面には珪藻類を主とする植物プランクトン(アイス・アルジー)が生息 し、春になると爆発的に繁殖する。これがアミ、エビなどの動物プランクトン、 小魚などの餌になる。海底や低層に住む貝類、カニなどは沈降してくる植物プラ ンクトンを食べる。それを大型の魚類、アザラシ、トドなどの海獣が追う。鳥類 も表層の小魚、海底の貝やエビを捕って生きていく。

 海氷は植物プランクトンのいい住みかであり、ひいては、豊かな海をつく りだす要因となる。ここに海洋の基礎生産力と海氷の関係研究の重点がある。

氷コア プランクトン

 海氷は地球の気候形成、水塊形成、海洋循環、海洋生物環境、人類の水産 資源に深く関わっている。地球の環境保全のためにも海氷、氷海の基礎的研究が 重要である。

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