北海道大学低温科学研究所付属
流氷研究施設外部点検評価報告

平成11年3月

研究の概要

1. 流氷研究施設創設の経緯

 1941年北海道大学低温科学研究所が設立されると同時に同研究所の海洋学 部門を中心に海氷の物理的性質の研究や北海道オホーツク海沿岸域での野外実験 観測が開始され、以来多くの学問的成果が挙げられてきた。

 海氷研究の進展に伴い、野外観測拡充のための現地観測基地の設立が切望 された。1965年4月、流氷及び沿岸結氷に関する総合的研究を目的とする流氷研 究施設が、紋別市に設立されることとなった。

 当施設開設と同時に、世界で初めて流氷観測を主眼とするレーダーの設置 が開始された。3年を要して紋別、網走、枝幸の各山頂に、レーダー・アンテナ が設置され、北海道オホーツク海沿岸域約60kmの範囲の流氷の分布や動きを観測 するための流氷観測レーダー網が完成した。

 当施設の職員構成は、開設当初は助手1名、技官1名、事務官1名であったが、 レーダー局増設に伴いレーダー従事のための技官の増員の必要から技官数3名に なった。また、施設長は低温科学研究所海洋部門教授が兼務した。

 当施設は、低温科学研究所その他の関係官庁の研究者を受け入れる研究員 制度を設け、研究の充実を計った。現場での観測は当施設職員、低温科学研究所 の研究員及び他の官庁等の研究員により行われた。

 次に今まで研究されてきた研究業績の概要を述べるが、年代順、研究テー マ毎にまとめて記述し、論文名や報告書名などは後ろにまとめて掲載した。

2. 流氷観測レーダー網による流氷の観測

 1969年に流氷観測レーダー網が完成後の数年間は、レーダー情報と現場の 氷状との対応の研究や沿岸流氷の動きの実態調査が研究の主力であった。流氷レー ダーの性能に関しては、流氷の反射断面積の測定や流氷レーダーの分解能の調査 などが行われた。

 波立つ海面からの反射と流氷からの反射との識別のための測定が行われ、 両者の識別は受信電力の振動特性が利用できることなどが示された。また、反射 電力の距離減衰を調べて距離補正等も行い、流氷の氷状とレーダー像との対応が 調べられた。流氷レーダー・データ処理のために計算機が導入され、レーダー情 報を数値化して、面相関法を用いて流氷の流動が調べられた。

 レーダー映像上の流氷野内の特徴的な点の追跡から流氷の動きを求め、沿 岸域の風との関係などが調べられた。流氷の動きと沿岸域の風、海流との関係や 漂流、流氷野の変形、回転運動等の研究は、文部省・特別研究「沿岸域における 流氷の運動予測の研究」(1976〜78年) や特定研究「画像化認識方式による流氷 野の動態の研究」(1978年) へと発展していった。

 マイクロ波センサー搭載人工衛星の登場により、雲の存在下でも海氷の分 布や動きの観測が出来るようになり、流氷レーダーと衛星から収得される海氷情 報との対応等が調べられた。

 レーダー映像上の流氷の動きが流氷下の海流の動きを可視化していること に注目して、レーダーに現れる流氷渦と沿岸域の海流や風との関係等が研究され た。

 レーダー信号の反射強度が流氷表面の形状や凹凸の度合いに関係している ことに注目して、レーダー信号の反射強度と空気力学的粗度との関係を求め、流 氷漂流の作用因子の一つである氷野に働く風の応力をレーダー信号の反射強度で パラメータ化する試みがなされた。

 北海道オホーツク海沿岸域の流氷レーダーの範囲内にレーダー・ブイを投 下してブイを追跡することにより、沿岸域での流氷野の移動、変形、回転運動等 の研究がなされてきたが、サハリン北部から北海道まで到達する流氷の漂流観測 へと観測範囲が拡大された。1993年11月末に、アルゴス・ブイ2機をサハリン北 部の流氷野上に設置して追跡した。流氷はサハリン東海岸沖を南下して北海道沿 岸域にまで到達し、もう一つのブイは太平洋に流出し、1994年5月中旬に北海道 南岸に漂着した。

 レーダーによる北海道オホーツク海沿岸域の流氷分布の観測は、流氷レー ダー観測網が完成して以来、1969年から今年1998年までの30年間続けられている。 レーダーの観測域に占める流氷の面積率 (密接度) を気候学的時間スケールで観 測すると、この30年間に顕著な周期性は認められないが、1987年以降、流氷期間、 流氷量 (日別密接度の積算値) ともに減少しつつあることが注目される。

 流氷レーダーによる資料は30年分であるが、網走の目視観測による100余年 の流氷量の資料から、流氷勢力の減少傾向と年平均気温の上昇とが良い相関であ ることが示された。

 枝幸、紋別、網走の3局の流氷レーダーにより観測される毎日の流氷分布 図は資料として毎年報告されているし、北大のホーム・ページにも掲載されてい る。また、観測用と同時に地域への情報提供としても活用されている。現在は、 気象庁、海上保安庁・第一管区海上保安本部・流氷情報センターの公式データと なっており、冬期北海道オホーツク海沿岸域の氷海の航行、漁業操業にも速報さ れ沿岸にとって不可欠なものとなっている。

3. 海氷の基礎的性格

 海氷は海水が凍結して生ずる氷であり、この海水中の「塩分」の存在自体 が海氷の特徴的性質である。この塩分と海氷の諸性質との関係が、1970年代後半 から色々と調べられてきた。海水の塩分量や圧力と結氷温度との関係、海氷生成 時の塩の排出機構、海氷中ブライン (濃縮塩細胞) の挙動、海氷構造と透水性性 質、海氷成長と異物との関係、海氷構造と光の反射や減衰との関係等が調べられ た。

 海氷の諸性質は海氷中の塩分のみならず温度にも強く依存するが、海氷の 熱的性質、電磁気的性質、圧縮強度、圧縮時の振動、積載力、機械的性質、氷板 上を移動する荷重による氷板の変形、氷野に及ぼす風の応力、氷盤に働く海水の 抵抗力などの研究が、サロマ湖等の海氷が生成される湖を現場実験基地として、 実験観測を中心とした研究が集中的に行われた。

4. 機構や環境と海氷研究

 海氷域の変動は一海域のみならず地球規模の気候や環境の変動と密接に関 わっており、特に、オホーツク海等のように季節的に海氷が存在する季節海氷域 の海氷変動は、気候変動に対して敏感であり、気候変動の指標としての役割があ る。このような背景にあって、1980年代に入ってから、季節海氷域の氷縁域の薄 い海氷域に注目した低温実験室での実験観測、サロマ湖等での現場実験観測、更 にモデル実験のためのパラメータ化等の研究が進められている。また、アイス・ アルジー (微細珪藻類) とアイス・アルジーにとって最適生息環境である海氷と の関わりや、アイス・アルジーを基礎生産者とする海氷圏生態系の食物連鎖作用 の実態を把握するための現場実験観測が、サロマ湖や沿岸域で行われている。こ のような現場実験観測と並行して、紋別の沿岸域の流氷タワーや流氷レーダーを 定点観測基地とした研究体制を整えている。更に、オホーツク海の北部の観測拠 点として北サハリンでの現場実験観測をロシアの研究者と共同で実施している。 海外での調査・観測研究については 6. にまとめて述べる。

5. 沿岸海洋学の研究

 当施設開設当初は結氷期間中の海氷観測や流氷レーダーとの対応などの研 究に力が注がれたが、沿岸海況調査のための小型観測船が備えられ結氷期前の水 塊調査が開始された。これが発端となり、オホーツク海の唯一の暖流である宗谷 暖流域の海況変動、その物理機構の研究が行われた。木造観測船が10年で廃棄処 分になった後は、海上保安庁の巡視船、北海道立水産試験場の調査船、漁船の協 力により観測が継続され、宗谷暖流の駆動力、季節変動等に新しい知見を得た。 これらの海洋観測データや流氷レーダーで可視化された流氷渦のデータはモデル 実験にも使用され、沿岸域の海洋動態の研究は更に発展した。海上保安庁の巡視 船による結氷期の海洋観測は現在も継続されている。

6. 海外での調査観測研究

 当施設には海外で海氷の調査研究をする調査経費が付いた。初期は極域や アラスカ地域での調査研究が主であり、 その名前もアラスカ調査経費であった。1972〜73年にかけて、 北極海での海氷の動態に関する国際共同研究計画 (AIDJEX) に参加して 流氷野の歪みの観測等を行った。70年代終わり頃までアラスカ北岸の バロー沖やマッケンジー川河口のタクトヤクタークでの海氷中の応力や歪みの測 定、海氷の曲げ強度や圧縮強度試験、各種材質との摩擦試験等の海氷の力学的性 質の研究に力が注がれた。

 1975年には文部省・海外学術調査によるボスニア湾の海氷調査が行われた。 塩分濃度が薄く、海氷と淡水氷との中間の塩分濃度の氷の力学的性質が研究され た。

 アラスカ調査経費によるアラスカ、北極圏での海氷調査は継続して行われ、 1980年代には海氷の力学的性質の研究の他に、北極域の厳寒期に形成される海水 面 (ポリニヤ) の凍結過程の研究、沿岸定着氷の形成過程や結晶構造の研究へと 発展していった。

 その後、1988年からアラスカ調査経費は、アラスカ地域に限定しないとい うことで外国地域観測旅費と名前を変え継続して海外での調査研究が続けられて いる。1988年から3年間は、国際共同研究である極域海洋における海洋物理過程 と生物環境の観測研究に参加し、ハドソン湾 (カナダ) の海氷下の海洋構造の観 測、乱流フラックスやエネルギー・バランスの観測研究を担当した。

 1989年から3年間は文部省・国際学術研究にて、北極海、氷縁域の海氷生成 が海況および海洋生物に与える影響についての比較研究を、アラスカ、ハドソン 湾、オホーツク海にて実施した。

 オホーツク海はその沿岸部はほとんどがロシア領であり、冷戦構造体制の 中では外国人研究者の活動は厳しく限定されており、入手出来るデータも乏しかっ た。冷戦構造体制末期に人的交流が出来るようになってから、オホーツク海の北 部に観測拠点を設けることが考えられた。今まではオホーツク海の南の端の氷縁 域である北海道付近での観測に限られていたが、北にも観測拠点を持ち、南の薄 い海氷と北の厚い海氷での海氷気候に関する観測研究が1992年から開始された。 また、アルゴス・ブイを用いての流氷漂流の実験観測が行われ、ブイがサハリン 東海岸沖を南下して北海道沿岸域にまで漂流し、サハリン東海岸を南下する海流 の存在が確認された。更に、サハリン、北海道で蓄積された気象、海洋、海氷、 積雪等の実測データを用いて、オホーツク海の北と南の海氷成長モデルの開発及 び検証が行われている。サハリンでの気象や海氷の観測は外国地域観測旅費や文 部省・国際学術研究等を用いて継続されている。

 特に極域での海洋・海氷観測では膨大な経費がかかること、砕氷船等の観 測のためのプラットフォームが要求されること、極域での専門分野の研究者が限 られること等の問題があり、国際共同研究体制をとって効率のよい研究を進める 方向に向かっている。このような背景で、国際共同研究を企画したり、また参加 して海外での学術研究を進めている。1991〜93年には、主に日本とカナダが、季 節海氷域の北限であるレゾリュート (カナダ) と南限 (サロマ湖) での気象・海 洋物理過程と生物・生態過程とを比較研究することにより海氷圏生態系の維持機 構を総合的に研究する研究計画 (SARES (Saroma-Resolute Experiment)) を 企画した (外国地域観測旅費や文部省・国際学術研究等)。

 1993年には、国際共同研究計画であるノース・イースト・ ウオーター (NEW) ポリニヤ・プロジェクトが東グリーンランド海で実施され、 ポリニヤ域での海洋熱フラックス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域 観測旅費)。1995年には、バレンツ海の氷縁域の海洋物理、 生物過程観測計画 (ICE.BAR95 Project) に参加して、氷縁域、海氷域での海洋・ 海氷観測、海洋熱フラックス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域観測 旅費や文部省・国際学術研究等)。1998年には、冬期バルト海の大気-海氷-海洋 相互作用の観測研究計画 (BALTEX (Baltic Sea Experiment)/BASIS (Baltic Air-Sea-Ice Study)) に参加し、またノース・ウオーター (NOW) ポリニヤ・プ ロジェクトに参加して、ポリニヤ域、海氷域での海洋・海氷観測、海洋熱フラッ クス等の乱流フラックスの観測を行った (外国地域観測旅費、文部省・国際学術 研究、学術振興会等)。これらの研究により、海氷気候モデルにおける海氷-海洋 過程をパラメータ化する研究がなされている。

戻る

北海道大学 低温科学研究所
www-admin@lowtem...