シロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana) の葉緑体の電子顕微鏡写真です。
葉緑体は、光合成、脂質代謝、テトラピロール合成、カロチノイド合成、トコフェロール合成など植物の代謝において中心的な役割を果たしています。
冬期の常緑樹の光合成
当研究室の研究は、一言でいうと、「光合成に関わる代謝の研究」です。葉緑素の生合成研究では、世界の研究をリードしていると自負しています。また、これ以外にも、テトラピロール(クロロフィル)代謝、Vitamin E、カロチノイドの生合成など、さまざまな研究に取り組んでいます。とくに、最近は寒冷圏の植物が低温下でどのように光合成機能を維持しているか、という「冬期の常緑樹の光合成」の問題にも取り組んでいます。
生命を支える葉緑体
植物の葉を電子顕微鏡で観察してみると、細胞の中が「葉緑体だらけ」であることに気づいて驚かされます。植物細胞一個の中には、数十個の葉緑体が含まれていることも稀ではありません。(注:この数は、植物の種類や組織によっても異なります。)
「葉緑体は一体細胞の中で何をしているのでしょうか?」と問えば、中学校、高校で生物を勉強した方でしたら、「光合成」という答えが返ってくると思います。もちろん、「正解」ですが、葉緑体の機能はそれだけではありません。
Vitamin A (正確には前駆体であるベータカロチン)、Vitamin E(トコフェロール), Vitamin Kなどの必須栄養素やヘム、クロロフィル、脂質など、数多くの物質が葉緑体の中で作られています。
(補足)このような物質の中には、光合成する、しないに関わらずに細胞にとって必要な物質も含まれています。そのために葉緑体と相同なオルガネラ(細胞内小器官)が、根、花、茎など、すべての植物細胞に存在して、植物の細胞活動を支えています。これらのオルガネラは、一見すると、分布、形態、機能に違いはありますが、基本的に同じオルガネラ(プロプラスチド)が分裂してできたものです。
最近の研究で、LHC-likeタンパク質、と呼ばれる一群のタンパク質が光合成と葉緑体の代謝の両方に関わっていることがわかってきました。このLHC-likeタンパク質の機能を明らかにするために、遺伝子組換え植物の解析、HPLCによる色素分析、GFPによるライブイメージング、クロロフィル蛍光測定などの技術を用いて、研究を進めています。
葉緑素の代謝
さらに、我々の研究室では、長年、「植物がどうやって緑になるのか」「どうやって紅葉するのか」ということを研究してきました。もっと、科学的な言い方をすると、「どうやってクロロフィルを合成し、分解するのか?」ということです。これは、数十年前から多くの研究者によって研究されてきたテーマなのですが、まだまだわからないことがたくさんあります。我々の研究室(田中歩研究室)では、クロロフィルの合成や分解に関わる遺伝子をいくつも発見してきました。これらの遺伝子から得られた情報をもとに、植物がどうやってクロロフィルを合成し、分解しているのか、分子のレベルでの理解をめざしています。これらの研究は、光合成を行うタンパク質群がどうやって作られ、どうやって分解していくか、植物はどうやって光合成を制御しているか、といった疑問を解決する上で、重要な知見を提供すると期待されています。
また、最近は、植物が冬期間どのように光合成機能を保護し、修復し、維持するかという問題にも取り組んでいます。このような機能にも上記のLHC-likeタンパク質が関わっている事が明らかになってきています。なお、この課題については、低温研の共同利用研究課題のページにも詳しく紹介してあります。
テトラピロール代謝の基礎研究と科学への貢献
上記の2つのテーマは、どちらも「植物の代謝」が関連していますが、我々の研究室では、植物に限らず、「藻類」「微生物」も研究対象としています。藻類や微生物がどのようにしてテトラピロール色素(クロロフィルやヘム)を合成するか、という基礎研究を行っています。植物や藻類の場合、全タンパク質の種類の2%から5%はテトラピロールを必要とすると考えられています。これらの研究は、藻類や微生物のさまざまな研究への基礎的知見を提供することが期待されています。