低温研ニュース

1999年10月 No.8

1998年度日本雪氷学会学術賞を受賞して

山田知充(寒冷陸域科学部門)

 今回日本雪氷学会から1998年度学術賞が授与された「氷河湖の形成と決壊に関 する研究」は1990年から1996年に亘って実施された国際協力事業団(Japan International Cooperation Agency, JICA)による国際援助の一環として行われ たものでした。これは低温研が人材派遣の責任機関となって、雪氷分野の人材を 後進開発国支援に派遣した最初の事例となりました。

 あまり日本では話題になっていませんが、ネパールヒマラヤを始めアジア高山 地域の谷氷河末端には近年になって大きな氷河湖が続々と形成され、これが小氷 期のモレーンを破って決壊し、大きな洪水被害を頻発させています。こうした氷 河湖決壊洪水(Glacier Lake Outburst Flood, 略称GLOF)は主に雨期に起こる ことから、当初は降雨による洪水と思われていました。1985年8月、エベレスト 山麓のナムチェバザール付近で完成間近の水力発電所が技術者の目の前で流され た洪水の原因がGLOFであることが分かってから、俄に注目され始めた雪氷災害の ニューフェースです。ネパールヒマラヤでは氷河湖の形成がおよそ半世紀ほど前 から始まり、1960年代中頃からGLOFの発生を見るようになりました。その後3年 に1度以上の頻度で起こっています。昨年9月2日にも東ネパールのクンブー地 方にあるSabai Tsho氷河湖の決壊による洪水被害が報告されています。近年の地 球温暖化の影響が目に見える形で表れた現象の可能性があるとして注目されてい る所以です。

 当初はヒマラヤ山中のどこに氷河湖があるのか定かでなく、氷河湖の実態に至っ ては全く未知でした。飛行機で飛び回って氷河湖の分布を調べ、危険な氷河湖を 同定するなど手探りの調査が始まりました。氷河湖で初めて深さを測った時、用 意した50mの巻尺が届かず、ありったけの紐を動員して100mにも及ぶ深さを確認 した時、「まさかこんなに深いとは!」と些かたまげました。実態を調査した危 険な氷河湖のうち、最も危険な氷河湖である東ネパールロールワリン渓谷のツォ ロルパ氷河湖を選んで、モレーンの内部構造や氷河湖の湖沼学的調査の傍ら、気 象と湖水位、湖水から溢れ出す流量の観測を3年間に亘って継続し貴重なデータ を得ることが出来ました。

 これらの結果をまとめ、氷河湖決壊洪水防除対策を提言してネパールを離れま した。幸い提言が受け入れられ、昨年はツォロルパ氷河湖下流域に早期警報シス テムが設置され、今年の5月からは湖そのものの無害化工事が開始されました。 JICAによるGLOF案件の主目的は人材養成にあり、氷河など見たもともないネパー ルの若者を育てることが最重要任務でした。現在この工事現場には本案件で育っ た人材が活躍していることにいささかの誇りを感じています。

 本案件開始当初は測器もネパール側人材も皆無でした。現地大使館やJICAの担 当者、建設省、国立極地研の渡辺教授や名大大気水圏研の上田教授の後方支援を 得て測器も整い本格的な観測を始めたときには既に2年が経過していました。修 士論文としてツォロルパ氷河湖の調査に取り組んだ坂井亜希子君や山田に代わっ て派遣された名大大気水圏研の門田勤氏の頑張りとネパールヒマラヤ氷河研究グ ループの助けなしにはこの研究はとても成り立ち得ませんでした。お世話になっ た皆さんに心から感謝致します。

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