低温研ニュース

2007年12月 No.24  

Research … 研究紹介

有機エアロゾルの組成・分布・変質と地球環境への影響

河村 公隆 (寒冷海洋圏科学部門)

1.はじめに

大気中に存在する微粒子(エアロゾル)は太陽光を吸収または反射します(直接効果)。また、それらは凝結核として雲の生成に関与し地表を冷却することでも知られています(間接効果)(図1を参照)。地球の放射収支へのエアロゾルの直接・間接効果は、温室効果気体の増加による地球温暖化を相殺するほどに大きいと考えられていますが、その見積もりには大きな不確定性が存在しています(IPCC 2001, 2007)。

温室効果気体にくらべてエアロゾルの大気寿命は数日から2週間程度と短いため、エアロゾルの組成・分布は地域により大きな偏りが存在します。そのためにエアロゾルの大気環境へのインパクトは、地域により大きく異なるという特徴があり、その結果、地域的水循環(乾燥化・集中豪雨)に重大な影響を与えると考えられています。

その中で、特に、微粒子を構成する化学成分の組成がその物理的特性に重要な影響を及ぼします。直径1μm以下の微細粒子には有機物が濃集することから(最大で30-70%)、その組成・分布を明らかにする課題は重要なものとなっています。しかし、有機エアロゾルの組成に関する研究はこれまで十分ではなく、それがエアロゾルの放射への効果を見積もる上で大きな障害となっていました。なかでも、極性有機物の組成・分布・起源についてはよくわかっておらず、放射モデルにとって最大のブラックボックスと考えられています。

われわれは、エアロゾル中の有機物をガスクロマトグラフ(GC)及びGC/質量分析計(GC/MS)を用いて化合物レベルの解析をおこない、有機エアロゾルの組成・起源・生成機構および都市・海洋・極域大気中における分布の特徴および光化学的変質を明らかにする研究を実施してきました。図2にこれまで大気エアロゾル中に検出してきた有機化合物の種類と化学式を示します。有機物は大きく分けて水に溶けにくいものと溶けやすいものに分けられます。前者は有機溶媒で抽出可能であり、後者は純水で抽出できます。また、アルカンや脂肪酸などはエアロゾルの表面を被覆し水蒸気の蒸発・凝結を阻害する役割を果たすのに対し、シュウ酸などの低分子カルボン酸はエアロゾルの表面を活性化させ凝結核としての能力を増大する役割を持ちます。その結果、水溶性有機エアロゾル成分は雲の生成や水循環に深く関わります。

2.極性有機物の測定法開発とそこから見えてきたもの

これまで、水抽出、ブチルエステル誘導体化とGC、GC/MS法を併用することにより、エアロゾル中のジカルボン酸を測定する新しい方法を開発してきました。その結果、シュウ酸を主成分とする低分子ジカルボン酸が、都市、海洋、及び、極域大気エアロゾル中に主成分有機物として存在することを見いだしました(図3)。その濃度は、これまで濃度が比較的高いと報告されてきた非水溶性の炭化水素や脂肪酸にくらべて、更に高いものであることが明らかとなりました。

炭化水素・脂肪酸などは化石燃料の燃焼や植物・土壌から直接大気中に放出されます(一次エアロゾル)。これに対して、カルボキシル基を2つ持つジカルボン酸は、排気ガス中にも存在しますが、大部分は光化学反応によって大気中で二次的に生成されることが明らかとなりました。更に、アルデヒド基を分子の末端に持つカルボン酸(グリオギザール酸など)も検出し、ジカルボン酸に次ぐ高い濃度で存在することも見つけました。これらは、炭化水素などの酸化反応の中間体であり、最終的にはシュウ酸にまで酸化される化合物です(河村、2006)。

また、ジカルボン酸は直径0.5μm付近の微細粒子として存在することを見つけました(図4)。しかし、黄砂現象時には塩基性のカルシウムが存在する粗大粒子画分にもジカルボン酸は存在することがわかりました。カルボン酸の一部が揮発し塩基性の大型粒子に吸着されたものと思われます。このように、ジカルボン酸は黄砂粒子と反応しその化学組成を変化させることもわかってきました。

3.アジア・太平洋・北極でのジカルボン酸の分布:大気輸送と光化学的変質

東京など都市エアロゾル中のジカルボン酸は高い濃度(100-1000 ng m-3)で存在しますが(Kawamura and Yasui, 2005)、中国の主要都市におけるそれらの濃度は、さらに高いことがわかりました(Wang et al., 2006; 図5)。都市、海洋、及び、極域での大気観測を通して、ジカルボン酸は解析された有機物のうちで最も高い濃度で存在する有機化合物群であることが明らかになりました。

エアロゾル中の炭素に占めるジカルボン酸の割合は、都市域で1-5%、北極では、2-12%に、また、外洋大気中では最大で25%に達することがこれまでの観測を通して明らかになりました。その割合は、光化学反応の進行とともに増大する傾向にあります。また、その値は、微細粒子ではより高くなる傾向にあります。

北半球の低中緯度より放出された汚染性物質(SO2, NOx, 揮発性有機物など)は、冬の間に北極まで大気輸送されそこに蓄積します。長い極夜の後、太陽が昇る春には強い太陽光により光化学反応が進行しガスから粒子への変換反応がおこることが知られています。われわれは、北極での大気観測を通して、低中緯度より輸送された揮発性有機物が北極で酸化反応を受けジカルボン酸を生成することを明らかにすることができました(図6)。

こうした研究をとおして、大気中での光化学的変質の進行とともに、粒子表面はより水溶性の物質で覆われ、有機エアロゾルはより水溶性になることが明らかになりました。このことは、水溶性有機物がエアロゾル表面の物理化学的(吸湿)特性を大きく変え、雲粒の生成に深く関わる可能性を浮き上がらせました。

4.今後の展望と計画

急速な人間活動の増大の結果、アジア・太平洋域ではエアロゾルの化学組成、粒子数密度が急激に変化し、大気エアロゾルの吸湿特性や大気環境を大きく変えている可能性があります。例えば、汚染大気ではエアロゾルの数密度が高すぎて1粒子が受け取ることができる水蒸気量は限られます(図7)。微細な雲粒子はたくさんできますが限られた水蒸気量では雨滴にまで成長できません。その結果、雲粒は雨粒へとは成長できないまま、どんよりと曇った大気の状態がつづきます。

一方、エアロゾルの数密度が高いところに大量の水蒸気が供給されると強力な降水現象まで進みます。その結果、豪雨の発生につながります。現在、中国をはじめとして東アジアでは、乾燥化現象、集中豪雨がしばしば報告されています。これらは、人間活動に伴ったエアロゾルの組成の変化に深く関係していると思われます。エアロゾルの気候影響は、陸上だけでなくその輸送の下流域である西部北太平洋にもおよんでいるものと考えられます。今後、エアロゾルの化学組成と吸湿特性の研究をアジア・太平洋域でおこなう必要があると考えています。

5.エアロゾルの化学組成と吸湿特性

我々の研究室で開発したタンデムDMA(Differential Mobility Analyzer)装置を用いて(Mochida and Kawamura, 2004)、エアロゾル粒子の吸湿特性を明らかにすることを行っています(図8)。装置に取り込んだ実大気の粒子をDiffusion Dryerでいったん乾燥しAm-241で帯電させます。それらをDMA1に導入し電場をスキャンすることにより、特定のサイズの粒子(例えば、100 nm)を分級します。次にこの粒子を湿度調整した(例えばRH85%)加湿部に導入し水蒸気を吸収させます。水蒸気を吸収して大きくなった粒子をDMA2に導入し、電場を連続的にスキャンすることによりCPCカウンター(凝結核測定器)にて計測し粒径分布を測定します。水蒸気を凝結・吸収することによって大きくなった粒子の成長率を計算で求めます。また、エアロゾルから水抽出した水溶液または標準物質の溶液をアトマイザーにて霧に変換しそれを乾燥させることにより(Diffusion Dryer)エアロゾルを作成し、その吸湿特性を計ることもできます。

こうした研究では、エアロゾルの吸湿特性を化学組成と関係づけることにより、エアロゾルの雲生成の素過程に関わる基本情報を入手することを大きな目標に置いています。本年より、こうした研究を野外観測(沖縄辺戸岬)にて実施することを開始しました。また、来年度は、白鳳丸に乗船し西部北太平洋上でのエアロゾルの化学組成と吸湿特性に関する観測研究を行う予定です。更に、エアロゾルの化学成分が氷粒または雪の結晶の成長にどう影響を与えるのかについても、実験室的手法を併用しながら研究を行っていきたいと考えています。

最後に、この研究をすすめるにあたり、様々な協力をしていただいた持田陸宏・助手(現名古屋大学准教授)、ポスドクおよび大学院生の皆さんにお礼を申し上げます。

文献

Intergovernmental Panel for Climate Change (IPCC) 2001 (2001) Climate Change 2001: The Scientific Basis. edited by J. T. Houghton et al., pp. 859. Cambridge Univ. Press.
Intergovernmental Panel for Climate Change (IPCC) 2007 (2007) The Physical Science Basis: Summary for Policymakers. Contribution of Working Group I to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, pp.21 (Website: http://www.ipcc.ch).
Kawamura K. and Yasui O., Diurnal changes in the distribution of dicarboxylic acids, ketocarboxylic acids and dicarbonyls in the urban atmosphere. Atmos. Environ. 39, 1945-1960, 2005.
河村公隆, 「大気中に存在する有機エアロゾルの組成分布と変質」地球化学40, 65-82, 2006.
Mochida M. and Kawamura K., Hygroscopic properties of levoglucosan and related organic compounds characteristic to biomass burning aerosol particles, J. Geophys. Res., 109, D21202, doi:10.1029/2004JD004962, 2004.
Wang G., Kawamura K., Watanabe T., Lee S. C., Ho K., and Cao J., High loadings and source strengths of organic aerosols in China. Geophys. Res. Lett., 33, L22801, doi:10.1029/2006GL027624, 2006.

図1
図1:地球表層における地球化学諸過程と物質循環

図2
図2:大気エアロゾル中に存在する代表的有機物の構造

図3
図3:エアロゾル中の低分子ジカルボン酸の典型的分布
(試料:済州島・Gosanサイトで採取、2001年4月9-10日)

図4
図4:アジア域におけるエアロゾルの粒径と化学組成

図5
図5:中国大陸におけるジカルボン酸の濃度分布 (500-2000 ng m-3)

図6
図6:北極大気エアロゾル中のシュウ酸、マロン酸濃度の変化
サンプリング地点:Alert (82.5°N)

図7
図7:汚染大気エアロゾルの雲形成・放射強制力への影響:
降水の現象・雲の寿命・地表の冷却化モデル

図8
図8:吸湿特性タンデムDMA装置 (H-TDMA)

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