有機化合物の安定同位体比が持つポテンシャル

はじめに:
自然界には,多種多様,ほぼ無限の種類の有機化合物が存在し,それぞれが非常に特徴的な機能・役割を持っています(... 持っているはずですが,よくわからないものが多い)。そして,有機化合物を構成する水素・炭素・窒素などの元素には安定同位体が存在し,その比率には,

  • 地球上の物理化学・生化学反応の基質・経路・フラックスに対して定量的に変化する
  • この基本原理が個々の反応スケールの研究から地球化学・地質学スケールの研究まで共通の一般則として広く適用できる

という2つの性質があります。従って,有機化合物の安定同位体比の研究には,適切な有機化合物(または,その一部の部位)の適切な元素の同位体比を,研究目的に合わせて「うまく」使うことができれば,我々の周りで起こる様々な現象の5W2H(who, what, why, when, where, how, how many)を,優れた精度で「定量的」に理解することができる,という可能性があり,またそれに挑戦する「おもしろさ」があります。この「おもしろさ」が,私たちの研究室の重要なモチベーションの1つであり,それを国内外の共同研究者や研究室の学生達と共有したいと考えています。



安定同位体に関する基礎知識


測定法の発展(1):

有機物(有機化合物)の安定同位体比の測定法は,Dual inlet型IRMSを使用する<第1世代分析>,EA-IRMSやGC-IRMSを使用する<第2世代分析>,CRDS, Nano-SMIS, NMRを使用する<第2.5世代分析>,そして,GC-IRMSや,HPLC + nanoEA-IRMSを駆使して化合物間や単一の化合物の中の異なる元素間の同位体的不均一性を調べる<第3世代分析>と発展してきました

第1世代の分析法は,
試料,もしくは,試料から単離・精製した有機化合物(群)に含まれる水素,炭素,窒素などの元素を,酸化分解,熱分解など経て,水素,二酸化炭素,窒素ガスとして取り出し,その質量(例えば,二酸化炭素であれば,m/z 44, 45, 46)の量比を測定する分析法です。試料ガスと標準ガスを交互に,IRMS(同位体比質量分析計)に導入し,同位体比を測定することから,Dual-Inlet型IRMSが用いらています。  
 
 
 

          Dual-Inlet型IRMS
試料をガス化し,そのガスを精製して,IRMSへの導入するまでのほぼ全行程を,マニュアルで行う「オフライン分析」であるため,測定には多くの労力と時間がかかります(およそ,10試料/1週間)。一方で,ガス化・精製等の前処理過程で,人為的な汚染や人為的な同位体分別が無ければ,以下に示すオンライン分析よりも,1〜2桁測定精度が良いため,標準物質(Reference materials)やワーキングスタンダード(Working standard)の同位体比を決める際には,現在でも使用されています。
 
※ 有機物の「酸素」の同位体比測定に関しては,優れた精度で測定する<第1世代分析法>が存在しません。そのため,「有機物の酸素同位体比」の分析に関しては,「標準物質(Reference materials)」がそもそも存在しておらず,酸素同位体比を用いた研究の発展の足枷となっています。
第2世代の分析法は,
試料,もしくは,試料から単離・精製した有機化合物(群)に含まれる水素,炭素,窒素などの元素を,元素分析計(EA)や,燃焼/熱分解システムを備えたガスクロマトグラフ(GC)により,水素,二酸化炭素,窒素ガスに変換し,同位体比を測定する分析法です。ガス化・精製の行程を,全自動(オート)で行う「オンライン分析」であるため,第1世代分析に比べて,測定に費やす時間と労力が大幅に軽減されているのが特徴です。
 
 
 

                 EA-IRMS
 
                 GC-IRMS   

EA-IRMSは,
 試料導入 → ガス化 → GC → IRMS
のフローで,試料に含まれる全炭素・全窒素のガス化,異なる種類のガス(例えば,二酸化炭素ガス)のGC分離,同位体比の測定の順で分析が行なわれるため,試料全体に対して,複数の元素(例えば,炭素と窒素)の同位体比を,ほぼ同時に測定することがでできます。
 
GC-IRMSは,
 試料導入 → GC → ガス化 → IRMS
のフローで,試料に含まれる複数の有機化合物の分離,個々の有機化合物のガス化,同位体比の測定の順で分析が行われるため,試料に含まれる複数の有機化合物に対して,1つの元素の同位体比を,化合物ごとに測定することができます。

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