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有機化合物の安定同位体比が持つポテンシャル

はじめに:
自然界には,多種多様,ほぼ無限の種類の有機化合物が存在し,それぞれが非常に特徴的な機能・役割を持っています(... 持っているはずですが,よくわからないものが多い)。そして,有機化合物を構成する水素・炭素・窒素などの元素には安定同位体が存在し,その比率には,

  • 地球上の物理化学・生化学反応の基質・経路・フラックスに対して定量的に変化する
  • この基本原理が個々の反応スケールの研究から地球化学・地質学スケールの研究まで共通の一般則として広く適用できる

という2つの性質があります。従って,有機化合物の安定同位体比の研究には,適切な有機化合物(または,その一部の部位)の適切な元素の同位体比を,研究目的に合わせて「うまく」使うことができれば,我々の周りで起こる様々な現象の5W2H(who, what, why, when, where, how, how many)を,優れた精度で「定量的」に理解することができる,という可能性があり,またそれに挑戦する「おもしろさ」があります。この「おもしろさ」が,私たちの研究室の重要なモチベーションの1つであり,それを国内外の共同研究者や研究室の学生達と共有したいと考えています。



安定同位体に関する基礎知識


安定同位体:
 

 
同位体(isotope)とは,同一の原子番号を持ち(陽子数は等しい),中性子数が異なる原子です。例えば,水素には,水素,重水素,三重水素の3つの同位体があり,水素と重水素が,放射性崩壊により他の核種に変化することのない「安定同位体」,三重水素が,放射性崩壊により他の核種に変化する「放射性同位体」です。
これらの同位体は,陽子数と電子の配置が等しいため,化学的性質がほとんど同じです。しかし,質量に依存するような現象や,質量数が奇数であるときに起こるNMR(核磁気共鳴)現象では,明確に区別されます。

安定同位体の存在比率:

有機物を構成する主要元素(水素・炭素・窒素・酸素)の安定同位体の種類とその存在量を右表に示します。
これらの元素では,最も質量数の小さい同位体(軽い同位体)の存在量が高く,質量数の大きい同位体(重い同位体)は,わずか数%以下の存在量しかありません。
しかし,「平均存在量」とあるように,これらの存在量は,地球上の様々な物質・生物で多様性とバリエーションを持っています。例えば,炭素では,13C/12C = 0.011xx の少数点以下4,5桁の「xx」の部分が,物質・生物により異なる値を示します。
 

 

 
δ表記:

 
 

 
これらの元素の安定同位体存在量は,歴史的な事情と技術的な制約により,同位体比(R)を用いるうえ,δ(デルタ)という,国際標準物質(標準物質)の同位体比に対する試料の同位体比の千分率(単位:‰、パーミル)という,直感では非常に掴みにくい指標を使って表記します
試料のδ値が正であれば,標準物質にくらべて,重い同位体が多いことを示し,負であれば,軽い同位体が多いことを示します。