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JAXA小規模計画: DUST (Determining Unknown yet Significant Traits)

ワーキンググループ:DUSTの核生成
研究期間:平成29年度-令和6年度

研究代表者:木村勇気(北海道大学)

研究目的

138億年の宇宙史における、分子、鉱物微粒子(ダスト)、惑星、そして生命へとつながる有機物の形成過程や変遷を、物質科学の視点から理解し、物理、化学の素過程に立脚した揺ぎ無い宇宙物質の創成史を確立すること。

138億年の宇宙史を、超微粒子「宇宙ダスト」から解き明かす

太陽系はどのようにできたのか? この壮大で究極のテーマの一つに、世界中の科学者が挑み続けてきました。主に隕石の分析や星の観測などによるアプローチが行われている中で、私たちは、実験によって物質科学の視点から明らかにする試みを行っています。

特に、宇宙の根源を宿す、小さな粒子(宇宙ダスト)が、宇宙空間でどのように核生成(凝縮)するのかについては、これまで詳しい研究がなされてきませんでした。宇宙ダストとは、1万分の1ミリメートルサイズの鉱物の固体微粒子「ナノ粒子」のことで、宇宙ダストが集まって形成したものが小惑星や彗星であり、地球です。世界中で小惑星や彗星などの欠片である地球外物質(隕石など)の研究は進んでいますが、その材料である宇宙」ダストがどのように形成されるのか、そもそも宇宙の最初にダストがどのようにできたのかは、ほとんど明らかになっていません。

太陽系誕生のはるか以前に作られ、太陽系の材料となったダスト(プレソーラー粒子)は、現在も星間および星周環境に漂っています。この宇宙ダストの組成やサイズ・質量を明らかにすることは、宇宙最初の星がどのような質量分布であったのか、そして物質循環のトリガー(引き金)となったのかという、天文学・惑星科学分野の土台となる第一級の課題といえます。

ダストを再現し、宇宙を正しく理解する

核生成時に決まるダストの組成やサイズ・質量の特徴は、核生成理論を用いて予測することが可能です。宇宙ダストの特徴を知る唯一の手段である赤外線天文観測では、まさに宇宙空間でダストが核生成している場所を観測することで、ダストの供給源である恒星周囲の環境を『宇宙の実験場』とみなしています。この観測結果に対して、バルク(我々が普段目にするサイズの物質)の物理定数を核生成理論に与えて宇宙ダストの生成モデルが立てられ、観測との比較研究が行われてきました。

しかし、ナノ粒子は体積に対して表面積がとても大きいなどの理由で、バルクとは性質が異なります。表面自由エネルギーと、気体から凝縮する際の付着確率という2つの物理量の大きな不定性が見過ごされてきたため、宇宙ダストの初期条件は不確かなままです。

そこで、ナノ粒子の物理量を求めるために、星周環境のように高温のガスを発生させて粒子へ凝縮させる「宇宙ダスト再現装置」を独自に開発しました(図1)。さらに、観測ロケットによる微小重力環境での核生成実験を実施することで、晩期型巨星(恒星)の周辺でのダスト生成過程に限りなく近い実験が可能となり(図2)、核生成時の温度とガス濃度、冷却の時間スケールから、必要な温度領域でのナノ粒子の物理量を求められるようになりました(図3)。

図1.S-520-28号機で使用した二波長マッハツェンダー型レーザー干渉装置の写真。外形寸法はおよそ府φ420×110 mm、質量は~20 kgである。赤と緑の矢印はレーザーの光路を示す。直径0.3mm、長さ70 mmの蒸発源を核生成チェンバー内に光路に平行に設置する。[参考文献:Y. Kimura,* K. K. Tanaka, T. Nozawa, S. Takeuchi, Y. Inatomi, Pure iron grains are rare in the universe, Science Advances, 3 (2017) e1601992.]
図2.ダスト生成の模擬実験で得られる二波長干渉像の地上実験と微小重力実験の比較。任意の物質を蒸発源から加熱蒸発させると、冷却に伴ってダスト類似物であるナノ粒子が生成する。その粒子は、レーザー光を散乱するために、煙のように見える。核生成が起こる直前の干渉縞の変化から、温度と濃度を同時に決定できる。a.地上で加熱蒸発させると、重力の影響で煙は対流によって上方に運ばれる。b.微小重力環境下で加熱蒸発させると、蒸発源から等方的に蒸発した後に均質核生成し、そのまま広がっていくために幅広い煙が得られる。[参考文献:木村勇気、稲富裕光、田中今日子、真木孝雄、三浦均、左近樹、野沢貴也、塚本勝男、微小重力環境利用に向けた宇宙ダスト生成の“その場”観察実験、日本結晶成長学会誌、39 (2012) 68-74.]
図3.核生成理論で実験結果(温度、濃度、冷却の時間スケール)を説明できる表面自由エネルギーsと付着確率aの組み合わせ(実線)と、同じく生成粒子サイズを説明できる破線。交点が生成粒子のsとaの定数。[参考文献:Y. Kimura, K. K. Tanaka, H. Miura, K. Tsukamoto, Direct observation of the homogeneous nucleation of manganese in the vapor phase and determination of surface free energy and sticking coefficient, Crystal Growth & Design, 12 (2012) 3278–3284.]

また、ダストの候補物質を媒質に埋めて行っていた赤外線スペクトル測定(赤外線を照射し、吸収具合から対象物質の特性を知る方法)も、再現したダストをそのまま測定することで、媒質による影響のないスペクトルが得られ、実際の天体の赤外線スペクトルと直接比較できるようになりました(図4)。

図4.赤外スペクトルその場計測実験。[参考文献::S. Ishizuka, Y. Kimura, T. Yamazaki, T. Hama, N. Watanabe, A. Kouchi, Two-step Process in Homogeneous Nucleation of Alumina in Supersaturated Vapor, Chemistry of Materials, 28 (23) (2016) 8732–8741.]

このように、私たちはダスト形成時のナノ粒子の物理量を決定し、同時に、赤外線スペクトルの変化を捉え天体観測の結果と直接比較することで、宇宙ダストの生成過程の解明につなげることを目的に研究を展開しています。

観測ロケットを打ち上げ、微小重力実験を実施

JAXA 宇宙科学研究所の小規模計画では、日米の国際協力による米国の観測ロケットを用いた微小重力実験と、日欧の国際協力によるスウェーデン宇宙公社の観測ロケットを用いた微小重力実験の2つを平行して進める計画です。その科学目的は、次のようなものです。

日米協力:シリケイトダストの核生成過程の解明

日米協力では、地球上で最もありふれた鉱物であり、豊富な宇宙ダストの一つでもありながら、未だ多くの謎があるシリケイト(地球表層にもありふれた鉱物)のダスト生成過程の解明に挑みます。高温ガスからナノ粒子へと成長する過程での表面自由エネルギーや付着確率を求め、シリケイトダストとして凝縮し結晶化する初期過程を解明します。

存在が予言されていながら素性の不明なアストロノミカルシリケイトと呼ばれる架空の鉱物の実態解明や(図5)、結晶質シリケイトと非晶質シリケイトの凝縮条件の解明、プレソーラー粒子の表面物質、星間空間における鉄の存在形態の解明を含みます。

図5.ガスからの凝縮実験で生成した、自由浮遊しているMgケイ酸塩粒子の赤外線スペクトル(黒)と天体観測(赤)との比較。媒質の効果を受けないために、従来よりも短波長側にピークを示した。その結果、9.7 mmのアストロノミカルシリケイトバンドを初めて直接再現できた。[参考文献:S. Ishizuka, Y. Kimura, I. Sakon, In- situ infrared measurements of free-flying silicate during condensation in the laboratory, The Astrophysical Journal, 803 (2015) 88 (6pp).]

日欧協力:炭素質ダストの生成過程の解明

日欧協力では、太陽系誕生以前にあったプレソーラーの炭化チタンコア−炭素質マントル粒子(図6)に着目し、炭素質ダストの生成過程を理解するための礎を築くことを目標とします。

図6.隕石中で発見されているコア-マントル粒子の例。炭化物は(Ti, Zr, Mo, Ru)Cが主である。内包物の内、40%が中心にあることから、炭化物上にグラファイトが不均質核生成した結果生成した粒子であると考えられている。[参考文献:Croat, et al. Astrophys. J. 631 (2005) 976]

星間空間における炭素の存在量は、シリケイトの構成元素であるシリコンやマグネシウムに比べて1桁以上大きく、隕石からはさまざまな形態で多量の炭素質ダストが見つかるなど、星間物質の主要成分の一つです。この炭素質物質の生成過程を理解するのに必須の、炭素と炭化チタン粒子の核生成時の表面自由エネルギーや付着確率を決定し、炭化チタン粒子の核生成過程の赤外線スペクトルの取得を目指します。

その結果として、加熱されても蒸発しにくい難揮発性物質の炭素が常に金属の核を厚く覆っている理由や、天体の赤外線スペクトルで測定される特徴的な21 μmフィーチャーの起源物質の解明を含みます(図7)。

図7. 赤外線宇宙天文台 (ISO) で測定した晩期型巨星SAO 96709の赤外線スペクトル(上)と実験室で測定した炭化チタンナノ結晶の赤外線スペクトル。挿入図は典型的な炭化チタンナノ結晶の構造。赤が炭素原子、青がチタン原子を表している。21 mmフィーチャーと呼ばれている20.1 mmの未同定赤外フィーチャーが再現されている。[参考文献:von Helden, et al. Science, 288 (2000) 313]

これら観測ロケットを用いた微小重力実験では、晩期型星の周辺において、高温のガスが冷える過程で生成するシリケイトや炭化物のダストの類似物を再現します。そして、干渉計でダスト形成時のガスの温度と密度を測定し、また赤外線スペクトルを計測します。これによって、星間環境に欠かせないダストの供給過程と物理状態の正しい理解にいたる、というのが大きなミッションです。我々が目にするすべての物質の根源ともいえるナノ粒子を〝知る〟ために、日本、アメリカ、ヨーロッパの専門の異なる気鋭の研究者をコアメンバーとして、目的の達成に挑んでいきます。

基盤研究(S):核生成

研究期間:平成27年度-31年度

研究代表者:木村勇気(北海道大学)

研究目的

物質形成の始まりであり、多分野にまたがる非常に重要な課題である核生成の理解には、ナノ領域の物性と水和層がカギと考えている。そこで、透過電子顕微鏡法や多波長干渉計を駆使した核生成の“その場”観察実験により、核生成と前駆体のかかわりを直接的に示し、物理的、化学的なメカニズムを解明する。

研究の背景・目的

“核生成”は原子や分子が集合して粒子を形成する過程であり、生成粒子のサイズや数密度、形、結晶構造などの特徴を決めるため、そのメカニズムの理解は物質形成において決定的に重要である。しかし、19世紀にGibbs (1876)が熱力学的考察を元に古典的モデルを提唱した後、21世紀の今も核生成の物理、化学過程に関する詳細は理解されていない。最近では実験を元に、pre-nucleation clusterと呼ばれる前駆体や、非晶質相からの相転移、液-液分離経由などの新しい核生成モデルが提案され始め、より複雑化している。

本研究では、溶液セルを用いた透過電子顕微鏡(TEM)による“その場”観察で、核生成と前駆体のかかわりを直接的に示すことを目的とする。核生成の理解にはナノ領域の物性と水和層がカギと考えている。そこで、気相からの核生成実験と分子動力学計算でナノ粒子の物理定数(表面自由エネルギーと付着確率)を決定し、水和層を作る水と作らないイオン液体中での核生成の比較から水和層の役割を解明して、ナノ領域の物性と水和層を考慮した核生成モデルの構築を目指す。

研究の方法

TEM中では高真空が必要なので、溶液を用いた研究は従来不可能であった。最近確立した、溶液セルを用いたTEM中“その場”観察の手法は、メゾ領域の核生成過程の可視化に最も強力である。我々は、世界でも数少ない本手法を駆使した研究グループを形成し、フルイド反応TEMとしてこの手法を発展させている。これにより、溶液中で形成する個々のナノ粒子を相同定まで含めて直接観察する。ここで、ガスから核生成を経てナノ粒子に至る際の温度場と濃度場の計測を多波長干渉計(図1)で、結晶構造を赤外スペクトル“その場”測定法で決め、核生成温度(過飽和度)等から構造を特定したナノ粒子の物理定数を決定する。大規模分子動力学計算による核生成の再現や反応経路自動探索による安定クラスター構造から導出した値と比較検証することで、新しい核生成モデルの構築を目指す。

図1 (a) 二波長のレーザーを持つマッハツェンダー干渉計を備えたナノ粒子生成装置と(b)気相からの核生成を捉えた例。核生成により、屈折率が10-5増加した結果、干渉縞が変位している。

期待される成果と意義

光学顕微鏡によるマイクロメートル領域での観察がナノ領域になる点に大きな意義がある。TEM観察では、結晶の成長速度、形、集合、配列、サイズなどが直接観察できるだけでなく、電子回折パターンにより相同定もその場で同時に行える点において、飛躍的な成果が見込める。

イオン液体を溶液成長に用いて、TEMに導入する実験は、世界でも我々だけが行っている。また、TEMによる溶液成長の“その場”観察実験により、結晶が生成する最初期の核生成過程を可視化でき、バイオミネラリゼーションの解明や生体適合材料の作製などに波及効果があると期待できる。

基盤研究(S):非平衡過程の実空間観察手法の転換:TEMによる溶液からの核生成過程の解明

研究期間:令和2年度-6年度

研究代表者:木村勇気(北海道大学)

研究目的

核生成の理解には、20世紀に確立した平衡状態での微細観察による構造決定の手法を非平衡過程の実空間における動的観察に拡張する必要がある。本研究では、溶液中の核生成に影響する各因子の寄与の程度と物質依存性を解明し、核生成ルートを決めるキーファクターを見つけることを目的に、核生成モデルの構築を目指す。

研究の背景・目的

核生成は、原子や分子などが集合して粒子を形成するプロセスで、生成粒子のサイズや数密度、晶癖(形)、結晶構造などを決めるため、そのメカニズムの理解は物質形成において決定的に重要である。例えば、我々が取り扱うテーマだけでも、様々な工業利用における微粒子の合成、貝殻やサンゴなどの生体鉱物の制御機構、宇宙に存在するダストと呼ばれるナノ粒子の生成過程と物質進化、経口投与による薬が溶け残らないようにするための結晶多形制御、気候に関わる雲核の生成などが挙げられる。しかしながら、核生成の物理、化学過程の理解は未だに乏しく、そのために核生成理論も発展途上である。

本研究では、「安定核の生成までに何が起こっているのか?」、「安定核の生成ルートはどのように決まるのか?」を明らかにするために、溶液中の核生成に影響を与える要因の寄与の程度と物質依存性を解明し、核生成ルートを決めるキーファクターを見つけることを目的とする。

研究の方法

水溶液からの核生成の透過型電子顕微鏡“その場”観察実験を軸に、水和層の役割を理解するために、水和層の無いイオン液体溶液と気相からの核生成実験を対照実験として実施する。

水溶液からの核生成の透過型電子顕微鏡“その場”観察実験では、これまでに進めてきた溶液試料を観察できる3つの手法(窓板ホルダー(図1)、溶液セル、グラフェン膜)を駆使して、核生成のその場観察実験を行う。透過型電子顕微鏡観察では、結晶の成長速度、形、集合、配列、サイズなどを直接観察でき、加えて電子回折パターンで相同定も同時に行えるため、飛躍的な成果が見込める。ここに、本研究課題で機械学習を用いた新規の非平衡過程の動的観察手法を確立することで、透過型電子顕微鏡を用いた“その場”観察により、溶液から前駆体を経て結晶ができるまでの核生成過程の一部始終を可視化する。

図1 透過型電子顕微鏡に水溶液を導入する3つの手法のうちの1つ。窓付き板2枚の間に溶液を封入する加熱機構付きの窓板ホルダー。中央の切欠き位置にある30 nm厚の非晶質窒化シリコン膜が窓であり、電子線はこの窓を透過して溶液を観察できる。100℃までの加熱や観察中に2液を混合できる。

期待される成果と意義

本課題では、単に個々の物質や形成条件における成果に留まらず、ナノ粒子の物性の決定や水和層の役割の理解(物質と水の界面エネルギーや界面構造の決定)、粘性の効果、ダイマーの形成といった核生成を支配するキーファクターを理解する点において革新的な基礎科学研究となる。これにより、核生成の理論モデルが構築可能となり、原子や分子から材料を作るボトムアップによるナノ粒子や結晶の生成過程をデザインできる世界の到来が期待される。超新星などで生成する宇宙に存在するナノ粒子の生成プロセスも正しく理解できたり、約半数が難溶性の結晶である薬を溶けやすくするために準安定相を析出させる条件を導出可能になったりと、分野を超えた波及効果が見込まれる。

  • 北海道大学
  • 北海道大学 低温科学研究所